涼宮ハルヒはしあわせ 第一話


「俺、今日で辞めるから」
 ”退部届け”とヘッタクソな文字が書かれたノートの切れ端を団長席に叩きつけて、皆が唖然としている間に俺は部室を出た。
 勢い良く扉を閉める。
 中からぎゃーすかとんでもない騒ぎ声が聞こえるが、無視して俺は帰路に着いた。
 家路が終わるまでの間携帯が鳴りっぱなしだったが、着信は全部クソッタレSOS団員ばかりのものだ。その中でもハルヒからの物が圧倒的に多い。八割がたといったところだろうか。
 あの無機質宇宙人モドキの長門からも複数回の着信があったことには少し驚いたが、俺は全てに着信拒否を――途中でめんどくさくなって、携帯を川に投げ捨てた。
 残しておきたいメモリーなんて無いしな。

 家に帰ると何度か固定電話が鳴っていた。
 だが、流石に家族に迷惑がかかるかと思ったのか、十回ほど無視してやった後は、電話が鳴ることはなかった。
 そんな下らない所では気遣いしやがって……!
 腹が立ったのでシャミセンの夕食をにぼしからうめぼしに変更してやった。くやしかったらまた喋ってみろ。
「キョンくん、猫ってうめぼし食べるの?」
「さぁな」
「ギニャース」
「なんだかシャミ嫌がってない?」
「美味しさに感動してるんだろ」
「テラヒドース」
「あれー、今シャミの鳴声変じゃなかった?」
「気のせいだろ」
「ギニャース」
 すまんなシャミセン。でも怨むならアイツらを怨め。
 その日は久々に快眠することが出来た。

 次の日の朝、また何度か電話が鳴った。
 母さんが俺に取り次いできたが、受話器を渡されると同時に叩きつけて切ってやった。
 何か怒声が聞こえた気がするが、気のせいだろう。

 教室に入る。
 案の定、アイツに行き成り絡まれた。
「ちょっとキョン! 昨日のあれ何!? それとどうして電話でないのよ!」
「携帯は川に棄てたからな。無いものには出られんだろ」
「どうしてそんな事……。そ、そんなことより退部って」
「退部は退部。辞めるんだよ、日本語くらい分らんのか」
「分るわよ! 私はどうしてそんな事するのかって聞いてるの! ……ねぇ、退部なんて冗談でしょ? ちょっとしたドッキリ、冗談よね?」
 怒鳴りだしたと思ったら、困惑したり、縋るような顔したり、朝から忙しいうえにウザイ奴だな。
 制服の裾握るんじゃねーよ、皺になったらどうすんだ。
 そう言葉にして伝えてやったら、泣きそうな顔をして黙り込んだ。
 やっと静かになったか。やれやれ。

 授業中、ずっと背中に視線が刺さっていた。
 初めは無視していたが、いい加減にウザくなってきたので、三時限目終わりの休み時間にこっち見んなと言ってやった。
「何よ何よ何よ……!」
 途端、猛烈な勢いでヒステリックに喋りだす。
 触るなと言ったのをもう忘れたのか、制服を掴んで意味不明な言葉を吐き散らした。
 あぁウぜェウぜェ。クソウぜェ。
「勉強の出来る誰かさんは授業に集中しなくて良いから余所見ばっかりできていいなぁ。出来の悪い俺は授業に集中したいんだけどなぁ!」
 頭を掴んで耳元で怒鳴ってやった。
 クラスメイトから奇異や驚きの視線が集まるが、知ったことか。
 怒鳴られたアイツは、勉強ならあたしが教えてあげるから退部なんてどうのこうのぬかしてやったが、俺が睨みつけるとびくっと肩を震わせて静かになった。
 本当に忙しい奴だ。

 昼休みになると同時に、弁当を片手に教室を出た。
 アイツがずっと視線で追ってきたが、とくに何も言ったりはしなかったので無視した。
 中庭。自販機横のテーブルで弁当を喰っていると、ニヤケ面の野郎が真剣な顔で近づいてきた。そのまま無言でイスに座る。
「……どういうつもりですか?」
 主語無しに喋るな。あと飯が不味くなるからとっとと失せろや、チンカス。
「……昨日発生した閉鎖空間は」
「おいおいおい、まだ居たのか。耳あるかお前。人の話聞いてたか? あ? とっとと失せろっつーの」
「話を聞いてください! 涼宮さんはあなたの事を……」
 とっても、すんごーく、メチャクチャ腹の立つ単語を口にしやがった上に、どうやら立ち去る気が無いらしいんで思い切りぶん殴った。
「ま!? ガっ、reーッ!?」
 ニヤケ野郎は吹っ飛んで隣のテーブルに激突した。
 化物とは一丁前に戦えるくせに、人間同士の喧嘩には疎いらしい。素人パンチを諸にくらったニヤケはうちどころでも悪かったのかうぅうぅ呻いてそのまま地面に蹲って立ち上がってくる気配すらない。
 気持悪いので、俺の方が場所を変えてやった。

 五時限目以降、五月蝿いあいつは教室を抜け出してどこかに消えていた。
 あぁ、アイツ一人居ないだけで教室はこんなにもすがすがしい空間になるのか。
 などと気分が良かったのに、アイツは放課後になるやいなや教室にドタドタと駆け込んで来た。
 不快指数が一気に上昇する。そのまま俺の前までやって来たアイツをニヤケのようにぶん殴ってやろうかとも思ったが、クラスメイトの目がある手前、それは出来なかった。
 それに毎度毎度それじゃ俺の方が疲れてしまう。もう充分疲れてるけどな。
 せめてもと、思い切り不機嫌な顔で睨んでやる。
 すると、アイツは肩を震わせながら喋りだした。
「……ねぇ、私たちが何したって言うの?」
「身に覚えがありすぎて答えられないな」
「……どうして古泉君にあんなことしたの?」
「アイツのことが嫌いだからだよ」
「じゃあ古泉く……ううん。古泉はすぐに辞めさせるわ。今日付けで退部にする! 私もアイツのこと嫌いだったし、ちょうどいいわ!」
 沈んでいたと思ったら、何を元気に頓珍漢な事を言っているんだろうか。
 まぁ良い。少しからかってやろう。
「そうだな。古泉だけじゃなくてお前以外の二人も退部にしたら俺の退部は考えても良いぞ」
「本当!? 約束よ!」
 今度こそ本気で元気になったコイツは、目を爛々と輝かせながら「絶対だからね!?」と何度も言った後「ここで待ってて!」と残し、勢いよく教室から飛び出して行った。
 ここまで単純だと逆にすがすがしいね。

 それからしばらく。
 俺以外のクラスメイトは全員部活に行くか下校してしまってから少し。
 息を切らせながら、けれど元気に満ちた顔でアイツが教室に飛び込んできた。
 これ以上待たせたら帰ろうと思っていたところだ。変にタイミングが良いな。
「っ、はぁ……や、辞めさせてきたわよ!」
「そうか。ご苦労」
「これでアンタが戻ってきてくれるならお安い御用よ! だから、約束……」
「あぁ。ちゃんと考えてやるよ。……そして考えた結果、俺は戻らない。じゃあな」
 ひらひらと手を振りながら歩き出す。
 笑い出しそうになるのを堪えていると、制服を強く掴まれた。
 何だよいったい。 
「な、なによそれ! ふざけないでよ! 戻ってくれるって言ったじゃない! 約束したじゃない! アンタが戻ってくれるって言うから皆辞めさせた! アンタが居てくれたらそれで良いから、それだけで良いから……私にはアンタしか居ないんだからっ!」
 怒りつつ泣くという器用なことをしながら、なにやらとても愉快なことをぬかしやがる。
 泣きそうな顔なら見たことあるが、実際に泣いた顔というのは初めて見たな。感慨なんて物は無いが、流石に少し驚いた。コイツも人間並みの感情はあったのか。泣いている理由はよく分らないが。

「戻るじゃなく、考えるって言っただろ。俺は」
「知らない知らない知らない! わかんない! もう! 昨日からキョンが何言ってるのか全然わからないっ!」
 顔を真っ赤にして大粒の涙をぼろぼろと零し、イヤイヤと頭を左右にぶんぶんと振りながらヒステリックに叫ぶ。
「だから言ってるだろ。俺はお前の変な団体を抜けるって――」
「嫌よ! 嫌! 聞きたくないっ!」
「いい加減にしろよ! 聞けよっ! 俺は、」
「イヤイヤイヤイヤイヤイヤ嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌あああっ!! 
 そんなのっ、絶対に、いやぁあああああああっっ!!!」
「……っ」
 俺の言葉を聞こうとしない。両手で自分の耳を塞ぎ、壊れた玩具のように嫌と繰り返す。
 元々可笑しかった頭を辛うじて堰き止めていた取っ掛かりが取れちまったようだ。
 俺は大きく息を吸い込んで、
「何度も言わせるなよ! 辞めるんだよ! ていうかもう辞め――」 
 怒鳴るのを止めたと思ったら、ブツブツと呟きだしたコイツを見て血の気が引いた。
「キョンが居ないと意味ないの。キョンが居ないと嫌なの。キョンが居ないと面白くないの。キョンが居ないと悲しいの。キョンが居ないと辛いの。
 キョンが居ないと寂しいの。キョンが居ないと退屈なの。
 キョンが居ないと嫌なの。キョンが、キョンが。キョンキョン、キョン……」
「……たん、だよ」
 うわぁ。流石にこりゃ不味い。ヤバイ。いっちまってる。
 からかってたつもりが、どうやら良い感じにぶっ壊してたらしい。
 とりあえず何とかしないと。後ろから刺されるのもゴメンだし、自殺されるのも気分が悪い。退部は決定だが、この場を納めるくらいには折れよう。

「落ち着けよ。落ち着けって! おい!」 
 両手首を掴んで、真正面から怒鳴りつける。
「ハルヒ!」
 名前を呼びながら、身体を揺さぶってみる。
 しかしコイツ……ハルヒは、小声で「キョンキョンキョン」と不気味に俺の名前を呟き続けるだけだ。
「ハルヒ! ハルヒ! ハルヒっ!!」
 何度か繰り返すが、まったく効果が無い。
 糸の切れた操り人形のように体はぐったりとしてるものの、呟きは相変わらすだ。
 涙と鼻水を垂れ流し、虚ろな瞳で俺の名前を呼び続けている。
 マジカヨ。手遅れか? 死人が出るのか? バカ。バカハルヒ。俺はお前の眼の前に居るだろうが!

――白雪姫
――Sleeping Beauty

「……」
 それは天啓というか、悪魔の囁きというか。
 突如閃いた……というか、脳裏に過ぎったその二つの言葉は、確かに現状を打破できる天国への扉の鍵かもしれないが、同時に俺を奈落の底に叩き落す地獄の門を開く鍵でもあるだろう。 
 あぁ、だけど、やらない後悔よりやる後悔。
 今のハルヒに負けず劣らずイカれていた女の言葉を自分を誤魔化すための免罪符にして、俺は自分の唇をハルヒの唇に押し付けた。

「あ……、キョン?」
「クソバカ野郎。やっと落ち着いたか」
 僅かの逢瀬。あのときの、まだ楽しかった頃の記憶が完全に蘇らないうちに、俺は唇を離した。溢れていたハルヒの涎が俺の唇にも付着して、二人の間に橋をかけていたのが気持悪かった。
「……」
「……」
 図らずとして、見詰め合う。
 何が悲しくてまたコイツとキスなどせにゃならんのだろう。
 コイツや、何があっても涼宮主義な狂信者に耐え切れなくなって退部したと言うのに。クソクソクソ……どうして上手く行かないんだよ。
「……はぁ」
 溜息を吐き出す。まぁ、退部することには変わりない。こんな事があったからと言って、考えを変える気もない。しかし……少しコイツらとの接し方は見直すか。今回のような事が何度もあったなら堪らない。クソッタレの古泉にもやりすぎたと……いや、アイツはどうでも良いか。
 そんなことを考えていたら、宇宙言語よりも意味不明な言葉が聞こえてきた。

「ちょ、ちょっと! いきなり何するのよ、エロキョン!」
「――は?」
「誰も居ない教室に連れ込んで、ご、強引にキスするなんてアンタ変態よ! この後は何するつもりだったのよ!?」
 先ほどとは違うだろう意味で頬を赤くし、そっぽを向きながら巻くし立ててくる。
 涙と鼻水と涎をはっつかせた顔のままでだが、虚ろだった瞳には生気が戻ってきている。だが、何となくだが濁っていた。
「まったく。油断も隙もあったもんじゃないわね」
「……」

 あー。
 なるほど。
 手遅れだったのか。

「……アンタ、このまま襲うつもりなんでしょ」
 ちらちらと此方を見ながら、可哀想なことを言うハルヒ。
「……別にアンタとするのは嫌じゃないけど。もっとムードとか、順序とか色々大切なものがあるでしょうに」
 お前は大切なもんが壊れてるんだよ。
「……アンタ私のことどう思ってるのよ。それくらい言いなさいよ」
 嫌いだ。大嫌いだ。
「私はアンタの事が大好きよ……。ねぇ、体目当てでも何でも良いから、傍に置いてよ。捨てないでよ。約束してよ。そうしたら、何しても良いから。何でもしてあげるから」
「もう喋るな」
 言って、おもむろに抱きしめた。このままコイツの言葉を聞いているとこっちまで頭がおかしくなりそうだった。力に任せて、思い切り抱きすくめた。
「ちょっと! 痛い……って、あぁ、ふーん……なぁーんだ。キョンも私のことが好きなんだ。そうなんだ。よかったぁ、あはは」
 そっと俺の背中に手が回される。歪な笑い声が蟲のように俺の頭の中をカサカサと這い回っていた。

「ねぇ、しないのぉ?」
 しないよ。するわけないだろ。
「どうして?」
 どうしてもだ。
「私はキョンが好き。キョンも私が好き。何の問題もないじゃない」
「少し静かにしてろよ。拭きにくいだろ」
 このまま帰らせるわけにはいかないということで、俺はハルヒの顔を拭いてやっている。
 その間中ハルヒは俺のどんなところが好きだとか好きだとか好きだとか、そんなことばかりを喋っていた。頭がどうにかなりそうだった。
「あ……ぁ、あぁ、ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」
 俺が少しキツく言えばすぐにコレだ。この世の終わりみたいな顔をして、嫌いにならないでだの、捨てないでだの、傍に置いてだの、一緒に居てだの、何度も何度も何度もごめんなさいを繰り返す。
「捨てないよ。嫌いにならない。だから今すぐ止めろ」
「……うん。やっぱりキョンは優しいのねぇ。よかったぁ。うふふ」
 濁った目でえへへと笑うハルヒ。桜色の唇を小さく開閉させて、ちゅ、ちゅ、と音を立てるのがキスをせがんでいるのだと気がついたけれど――そんなこと出来ない。したくない。
 気づかない振りをして、制服の乱れも直してやった。

「むぅー」
 そんな顔されても、キスなんかしない。
 それよりそんな目で俺を見るな。何度も言うけどさっきから頭がおかしくなりそうなんだ。
「……恥しいじゃない」
 なら自分でやれよ……などと言うものなら、また泣き出してややこしいことになるので黙っていた。
「くすぐったいわよ。何処触ってるのよ、エロキョン」
「動くなって……ちゃんとしないと恥しいだろ」
「だから恥しいって言ってるじゃない」
「そういう意味じゃないって……ほら、終わったぞ」
 最後にスカーフを整えてやった。ぽん、と軽く肩を叩く。
 俺が制服を直している間じっとしていたハルヒは、はにかみながら笑い、
「やっぱりやっぱりキョンは優しいわぁ」
 重量がありそうなほどの大きな吐息を吐くと、頬にふんだんに朱を散らして目を細めた。
 背筋がぞくりときたね。色んな意味で。ストーカーにつけ狙われるってこういう気持なんだろうな。
 分りたくもなかったが。
「ほら、立てよ」
 冷や汗をかきつつ、手をとって立たせてやった。
 やおらしおらしいハルヒは「ありがと……」と、もじもじと指を絡ませている。
 はっきり言って不気味だ。奇奇怪怪だ。もっとお前らしくしろよ。俺の嫌いなお前で居ろよ。それじゃないと、俺はお前を悪者に出来ないだろ。
「……帰るぞ」
「うん。キョンがそうしたいんなら、良いわよ」 
 にこりと微笑んで、俺の左腕に腕を絡ませてくるハルヒ。振り払おうとして……止めた。また泣き出されたら堪らない。ハルヒに見えないところで、俺は顔を歪ませ歯軋りした。

 感情を昂らせないように気をつけつつ、何で俺がこんな目に遭わないといけないんだろうと恨めしく想いつつ、腕に感じるハルヒの柔らかさや温かさに劣情を感じぬよう、なるべく早足で歩いた。
 ……しかし歩きにくい。周囲からの視線も痛い。
「おい、ハルヒ」
「んー? なぁに、キョン」
 ご満悦なのか、生まれたての小鳥の羽毛のようにへらへら笑いながら上目遣いで猫なで声を吐くハルヒ。
 止めろ気持悪い。そう言えないのに腹が立ち、ストレスが溜まる。 
「歩きにくくないか」
「全然」
「なら暑いだろ。こんなにくっついてたら」
「そうね。でも平気。キョンが近くに居るって感じがして、嬉しい」
 何を言っても無駄なようだ。
 正直にキツく言えば離すだろうが、泣き出すだろう。……まいった。だから頬を染めるな。
「ねぇ、キョン」
「何だよ」
「このまま帰っちゃうの? 何処か行きましょうよ」
「課題が溜まってるんだ。勘弁してくれ」
 本当に課題が溜まってるし、こんなハルヒと何処かに行くなんて考えられない。
 ハルヒは「うー……」と唸っているが、俺の成績が芳しくないのを覚えているんだろう。駄々をこねるようなことは無かった。
 その成績が下がっている理由の半分はオマエラの所為だという事には……気がついている訳無いか。
 ていうか幼児退行してないか、コイツ。俺の気のせいか?
「分ったわ! じゃあ、私が手伝ってあげる!」
「……は?」
 と、俺がメノウなブルーに浸っていると、また宇宙言語並に意味不明なことを言い出した。

「何だって?」
「だから。私が課題をするの手伝ってあげるって言ってるのよ」
 名案でしょ? と絡ませてきている腕に力が入る。
 嫌な記憶が蘇る。昔にもこういう事があったぞ。
「そうと決まったらこのままキョンの家に――」
「駄目だ。来るな。決まってない」
「良いじゃない。キョンの意地悪。……せっかく二人きりになりたかったのに」
「二人きりって……お前、変なこと考えてるだろ」
 頭痛がしてきた。
 本当にコイツは何なんだ。
「何よ何よ。先にキスしてきたのはキョンじゃない。しかも強引に」
「それはお前が……いや、でも、順序が大切とか言ったのはお前だろ」
「何よ何よ何よ。しても良いって言ったでしょ。好きって言ったじゃない。キョンは私としたくないの?」
 その通りだこの馬鹿野郎。
 そう怒鳴りつけてやれたらどんなにすっきりしただろうか。
「……ねぇ、キョン」
 畜生。声を震わせるな。目尻に涙を溜めるな。ぎゅっと腕にしがみ付くな。
 何でこう、変なところで妙に同情的なんだ、俺は。憐憫でも感じてるのか、コイツに。――そうかもしれない。あぁ、最悪だ。最低最悪だ。畜生。
「……したくなくはない」 
「本当……?」
「あぁ。ウソついてどうする」
「……へへぇ。そうよね! 私達、好きあってるんだもんね……うん。よかったぁ。やっぱりキョンは優しいなぁ」
 今日何度目だよ、それ。
 またもや俺はハルヒの見えないところで顔を歪ませた。見る人が見たら、俺から黒い瘴気が噴出しているのが見えただろう。

「じゃあな」
「うん。また明日ね、キョン!」
 申し訳程度に手を振ってやる。ハルヒは「さよならのキス」がどうのこうの騒いでいたが、どうやって嗜めたは覚えてない。覚えたくもない。
 腕がちぎれるくらいにブンブンと腕を振るその姿は、俺が曲がり角に消えるまでずっと其処に在った。

「最低だ……」
 溜息を吐き出して、自転車に乗ったまま道端の空き缶を思い切り蹴飛ばしてやった。
 もっとも、それくらいで晴れる苛々のモヤモヤでも無い。カランコロンという音にすら苛つくほどだ。
 明日から俺はどうすれば良いんだ?
 おかしな団体にはもう参加しなくて良いだろう。
 だが、ハルヒ……アイツには毎日顔を会わす。そのたびにさっきみたいな事をするのか?
 冗談。最低。最悪。
「毀しちまったのは俺だけどさ」 
 そもそも悪いのはアイツ等なのに。結局俺はこういう星の下でした生きられないってことなのか? えぇ、おい。クソッタレな神様よ。
「……はぁ」
 ……勿論神からの返答なんてものは無く。
 誰かさんの言うところでは神かもしれないハルヒはあんな状態。
 こんなところで無宗教を悔やむとはな。
 何でも良いから、縋れるものが欲しかった。

 誰か俺と入れ替わってくれないか。全財産なげうっても良い。
 溜息のバーゲンセールだ。欲しい奴は俺の所に来い。ただで売ってやる。
 こういうときに相談できる奴が居ない。何て俺は寂しい奴なんだろう。

――いっその事遊ぶだけ遊んで捨ててやろうか。今のアイツなら俺の言う事なら何でも聞きそうだ。
 
 そんな益体も無い事を考えつつ自転車を漕ぐ。
 最後のだけは少しだけ考えてみようか。……馬鹿か。
「……ん?」
 もう直ぐ家だというところで、俺の家の前に夕陽の中、北高の制服が突っ立っているのに気がついた。
「……お前か。接触してくるとは思ってた」
 自転車を止める。
 長門は微動だにせずに、何の感情も表情も無く口を開いた。
「今回の件に関して、情報統合思念体――特に急進派は高い興味を示している」
「……」
 相槌を打つ義理も、聞いてやる義理も無い。
 けれど俺は言葉に耳を貸さざるを得なかった。急進派という単語には、未だに感じるものがある。
「今回、我々は完全に観察に徹する。ほかの派閥も同意見。これは未だかつてない事態」
 ただ、と続け。
 珍しく長門は――ほんの数ミリだけ、眉をしかませた。
「私という個体は……」
 続きを聞かないように、俺は家に入り大きな音をたてて戸を閉めた。
 また朝倉のような奴が襲ってくることは無い、とそれだけ知れば充分だ。
「……あんな顔しやがって」
 玄関の戸にもたれかかり、俺は呟いた。
 馬鹿。馬鹿野郎。 
 俯いて前髪を掴む。こんなはずじゃなかったと、今更ながら俺の心は悲鳴をあげた。
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by kyon-haru | 2006-11-06 05:18


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