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蚊取り線香をくれないか

「ハルヒ、首んとこどうかしたのか?」
 珍しく坂の途中でハルヒと出くわした。
 朝っぱらからむすっとした顔でどうして機嫌が悪いんだ、と注視してみれば、首になにやら赤い虫刺されみたいなものがあるのを発見した。
「……何かに噛まれたのよ。かゆいったらありゃしないわ」
「そうか。あんまり触るなよ。そういうのは薬塗って放置に限る」
 なるほど。それで機嫌が悪いのか。場所も場所だしな。痛み痒みを容易に想像できてその辛さも理解できる。
「分かってるわよ」 
 と、言いつつハルヒはまだまだ不機嫌だ。……治るまでこの調子なのか?
 はぁ、やれやれ。と俺はごそごそと鞄を漁った。何の偶然かムヒと絆創膏を持ってきていたのだ。
「良いもの持ってるじゃない」
「多分片付けがめんどくさくて鞄にほうりこんだんだ。塗ってやるからじっとしてろ」
 立ち止まる。ハルヒは「ん」と小さく呻きつつ、顔を傾けて、手で制服の襟を捲った。
 ブラちら、してるのは黙っておこう。艶かしい鎖骨のくぼみに釘付けになりそうになる視線を虫刺されに固定する。
 ……ピンクか、ハルヒ。
「ちょっと、くすぐったいわよ」
「こら、動くな」
「……手つきがやらしいのよ」
「俺の手先にそんな意思は毛頭ない」 
 しょうもないことを喋りつつ、むわっと薫る汗とボディソープが混じった甘い香りにくらくらしつつ、薬を塗り終える。
 指で薬を薄く伸ばしてる間ハルヒが
「やっ」とか「んっ」とか「あぅ」とか小さく呻いていたのは一体なんなんだろうね。
 変な声出すなといったら赤い顔で殴られるし。何なんだこのやろう。くすぐったがりなのか?
 ……まぁ、良いか。後は絆創膏を貼ってお終いだ。
「手つきが、」
「だからじっとしてろと言うのに」
「……むーっ。なによ、エロキョン」
「誰がエロだ」
 再びしょうもないことを喋りつつ、絆創膏を貼ってやった。
 上手いこと赤い腫れは全部隠れてくれており、見栄えも悪くない。
 後は汗で剥がれないように祈るだけだ。あんまり暴れるなよ、ハルヒ。
「終わったぞ」
「……ん。ありがと」
「珍しいな、ありがとうなんて」
「イチイチ一言多いのよ、アンタは。私だってお礼くらい言うわよ」
「ヒラの俺も団長様のお役にたてて光栄の極みですよ」 
「……喧嘩売ってんの?」
「生憎品切れ中だ」
「ばかっ」
 再び坂を上る。何てことは無いかけ合いの途中にそっぽを向いてしまうハルヒ。
 だが、機嫌は良くなったみたいだ。横顔の口元は確かに綻んでいる。
 やれやれ。良かった良かった。コイツはやっぱり笑ってる方が良い。古泉に貸し一つってところかな。
「放課後虫除けスプレーか何か買いに行くか?」
 ひょこひょこ揺れる黄色のリボンに、そう言ってみる。
「それくらい一人で行きなさいよ」
「それが薬局の場所をど忘れしてな」
「ふーん。たるんでるわね、まったく。良いわよ、私がついていってあげる」
 感謝しなさいよ! と、振り向いたハルヒの顔は、今度こそ本当の笑顔だった。 

 教室に入る。二人して――というのが原因かどうか分らないが、谷口に目をつけられた。
 おはようとでも言うのか、それともからかってくるのか?
 と思いきやチャックを全開にして、何故かハルヒを凝視して固まっている。……何だ?
「涼宮、お前、首のところ……」
「なによ」
「き、キョン! お前ってヤツは! このスケベ野郎! 変態!」
「はぁ?」
 変質者を見る目をしているのは俺たちの方だ。そして何を思ったか谷口は、大声で、

「キョンが涼宮の首にキスマークつけやがったー!」

 酷く頭の悪い中学生の妄想みたいなことを叫び、クラスのヤツラは、
「「「な、なんだってー!!!???」」」
 揃いも揃って馬鹿なリアクションを――って、ま ち や が れ ! 
by kyon-haru | 2006-11-17 01:30


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