ころっけゆかい


 がばがばにへたった親父のブリーフのごとく疲れて帰宅して風呂はいって、夕飯の時。
 ビールのつまみにと妻が用意してくれたコロッケをがぶっと一齧りするやいなや、その妻は恒星が爆発したような笑顔で、
「どう? それおいしいでしょ」
「ん。そうだな、いつものやつより……こう、ジューシーつうかなんつうか」 
 じゃがいもと牛肉が相当上等なやつだってことにはすぐ気がついたが、よく咀嚼してみればこれは衣からしていつものやつと違うな。
「うん。うまいわ」
 最初の一口を飲み込んでからそう答える。
 確かに旨い。それもかなり。どれ、もう一口。
 コロッケにがっつく俺を見つめつつ、妻は爆発のエネルギーで回りの星々を蒸発させるがごとき勢いで、
「でっしょー? 井上のおば様に教えてもらったお肉屋さんで買ってきたんだけどね、もう行列がすごいのなんの。たかがコロッケにこいつらアホじゃないの? ってあたしも並んでいる最中は思ってたんだけど、実際食べてみると行列してでも手に入れたいって気持ちに納得の共感よ! しかもこれで一つ六十円なのよ? 原価考えたらそんなに上等な素材を使ってるわけじゃないのに、この味はもう料理という名のマジックね」
 うむうむと腕組みしながら肉のはーるまんをベタ褒めする。
 その店名は何の冗談だと思いつつも、店主の凄腕には俺も素直に驚いた。
「ほー。別に良い肉使ってるわけじゃないのか。そりゃすごい」
「ま、料理と言ってもパンをトースターに入れるくらいしか出来ないあんたにはそのすごさがどれくらいかは分からないでしょうけどね」
「そりゃごもっとも」
 ふふふん、と何故か勝ち誇った笑みを浮かべるうちの妻。
 今度の休みはこいつが起きる前に米炊いて味噌汁と目玉焼きを作って驚かしてやると密かに決意しつつ、コロッケに添えられた野菜炒めにも箸を伸ばす。
「これも、……いや、やっぱいいわ」
「何よ? 途中まで言いかけて止めないでよ、気になるじゃない」 
「なんでもねぇよ」
 ぶぅー、と今しがたまでの笑顔をふくれっ面にしてしまった妻には申し訳ないが、
 俺が言いたかったことは「これでもどこかで買ってきたのか?」であり、その答えは見た目と匂いがすでに答えをくれてしまっていた。
 さらに一口放り込んで、味で確信する。
 ……うん、これは惣菜じゃなくてお手製だ。
 それをむしゃむしゃごっくん、と漫画的擬音で形容するとしっくりくる勢いで平らげていく。
「あたしもさぁ、料理にはちょっと自信あったけど、やっぱり世界は広いんだなーって再確認したわ。しかもその世界がご近所の商店街に住んでる見た目は普通のおっちゃんに広げられてるのよ? どれだけ広いのよ! って突っ込みいれたくなるわ。……こんな感じにたまに突っ込みいれたくなるのってさ、どう考えてもあんたの影響よね。学生ん時から突っ込み役だったもんねー、あんた」
 笑顔かと思ったらふくれっ面で、ふくれっ面かと思ったら笑顔で。
 ころころと表情を変化させながら女はたわいないおしゃべりが好きを地で行くわが妻に適当に相槌をうちつつ、野菜炒めを食べ終わり、残りのコロッケをビールで流し込む。
「ふぅ。うまかったわ」
「でっしょ? また買ってくるわ」
 ビールの缶とコップ、皿を片しつつ妻が立ち上がる。
 ご飯のおかずもそのコロッケなんだけどねー、などと言いながら揺れる後姿に、
「いやコロッケもそうだけどさ、やっぱりお前の料理、うまいなって」
 本音を言えばどこぞのおっちゃんが作ったコロッケより野菜炒めのほうが俺の好みの味付けで、気持ち的に感じる美味さは上だったのだが、そこまではっきり言える俺じゃない。
 妻はがたたっとバランスを崩しつつ「あったり前でしょ!」と、確実に照れているだろう顔が見えないように叫んでいて、こんな可愛い妻に行列を並ぶ苦労をして欲しくないなと思い、
「そうだな。俺にとってお前の料理が世界一美味いのは当たり前だよな」
 今しがたの自己分析はどこへやらと、そこまではっきり言ってしまった俺はなかなかの愛妻家じゃないだろうか。そうだろう? そうだとも。
 それなのに、
「馬鹿! アホ! すけこまし!」
 がたんと置かれた白飯大盛りの茶碗の隣の皿には、コロッケ抜きのキャベツ山盛りがあるだけだった。
「……」
 うむ。どうやら愛妻家の称号を返上する覚悟がいるようだ。
 酔いの助けも借りてその覚悟をコンマ五秒で決めた俺は、
 
「コロッケよこせー! ここに隠してるのは分かってるんだ!」
「きゃあ! ちょ、どこ触ってんのよあんた!」
 
 肉屋のおっちゃんにちょいとばかし感謝しつつ、ルパンダイヴをかますのだった。
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by kyon-haru | 2005-05-18 01:36


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