すっぱいこばなし


「なぁ、ハルヒ」
「何よ」
「その手に持ってるブツは何だ」
「これ? おやつに決まってんじゃない。いただきまーっす」
 言うやいなやそれにガブッと噛み付く豪快団長。
 くぅ、と唸りながら美味そうに頬をもごもごさせている。リスみたいだな、じゃなくて。
「皮くらい剥けよ。つーか、よくそんなもん丸齧りできんな」
「新鮮で美味しいわよ。みんなも食べる?」
 ハルヒのカバンから出てくるレモンレモンレモンに、何時もはイエスマンな不思議能力戦隊の三人も丁重にノーサンキュを決めた。
 無論俺もだ。はちみつに着けたやつやからあげに絞るんならともかく、レモンそのままなんて食えるワケない。
 種をぷぷぷと窓から飛ばしているハルヒの後姿を見て、そういえば、とある事を思い出す。
「妊娠するとやたらすっぱいもんが食いたくなるって聞くな」
 他にもトマトとか炭酸とか辛いもんを欲するなども良く聞く話だ。
 排気ガスを無性に嗅ぎたくなったり、土壁を齧りたくなったりする人も居るらしい。
 いやぁ、妊娠って人体の神秘だなーと一人でうんうん唸っていると、
「……何故俺を見る?」
 ハルヒ以外の三人が変な視線を俺に集中させていた。
「妙な想像をしているんなら即刻止めろ」
「そうおっしゃられましても……涼宮さんの様子を見ていると、いやはや」
「ハルヒがどうした、って――」
 団長席に視線を向けて頭がぶっ飛びそうになった。
 ハルヒは難解な数学問題に挑むような顔つきで、うむむむ唸りながら……腹をさすっている。
 ハハハハ。まさか。そんな記憶ないし、そもそもそんな気を起こしたこともないし、 
「身に覚えがない。断じて違う。そうだったとしても俺じゃない。違うったら違う」
「……無責任」
 はぐあっ!
 長門の視線が痛い。痛すぎる。そんな痴漢犯を見るような目で見ないでくれ。
 本当に違うって。でも長門が言うだから俺の記憶がないだけでもしかしたらうわあああ、とてんぱっていると、
「うぷっ」
 腹をさすっていたハルヒが口元を押さえた。
 今にも吐きそうです、といった気持ち悪そうな辛い表情である。
「ぎもぢわるい……」
「お、おい、大丈夫か」
「だめ。お腹もいたいし……うえぇー」
 それで冷静になる。何しろこいつがこんなにまいるなんて相当なことだぞ。
 保健室に連れていくべきか? でも動かしても平気か、などと俺は真剣に悩んでいるのに、
「ひゃ、も、もしかしてつわりですか!」
「のおぉぉぉ!」
 朝比奈さんまでそういう事をおっしゃるんですか!
 やべぇ。再びてんぱってきた。背中に嫌な汗が流れ始める。
 ……ど、どうするよ。どうするってそりゃそうなんだったら俺だって男なんだし、おろしたりしたら一人の命を奪うってことで、そんなことできるわけないし、ええい、救急車! 110番! 違う119番! 女だったら名前はハルカが良いと思うんだ俺!
 アト数秒で男から漢になった俺は今まさに携帯を取り出しボタンをプッシュせんとして、

「だべずぎた……、うぐぅ、なによ、レモンでダイエットなんて、やっぱりうそじゃない……」

「ズコーッ!」 
 何もないところで滑って転んで、気がつけば俺は伸身カサマツとび一回半ひねりを決めていた。
 体操部に見られなくて良かったぜ。スカウトされるところだった――なんて胸を撫で下ろすわけないだろ。
「すばらしい。お見事です!」
「……良いセンス」
「え、えーと、じゅってん、れーです。ぱちぱち」
 全員後で屋上来いや。
 とりあえずと古泉の延髄にソバットをぶち込み、おえおええづいてるハルヒの背中をさすってやる。
「大丈夫か? 保健室まで行けるか?」
「むり。うごげない、うぇ」
「分かった。おぶってやるから、ほら」
 青白い顔でよちよち背中にのっかてくるハルヒを支えてやりながら、もし本当に……なんて考えてもしょうがないので、
「ダイエットなんぞせんでも今のままで十分軽いぞ」と後ろに声をかけたら「ばかー」と返された。
 身体に感じる重みは軽いが、心に感じる重みは相当なもんだけどな。とは胸の中だけで。
 それにしても、いやもう本当にどいつもこいつもやれやれやれやれやれやれやれだぜ全く。 

 レモンなんてもうこりゴリラ!
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by kyon-haru | 2006-06-01 08:46


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