夜明けのレール・クマー

「上様! 上様!」
「何を慌てておるのじゃキョンえもん」
「はっ! 上様があれ買えやこれ食いたいそれ飲みたいと我侭放題なものですから、それがしの財布、もう空でござる!」
「う、うむ。余もちょっと遠出してテンション上がってのう。はしゃぎすぎたようじゃ。それがどうした」
「つきましては……帰りの電車賃もねえんだよばかやろう! どうすんだ! 腹切りやがれ!」
「うぐ……そんなにおこらな、わ、わーったわよ。電車賃くらい貸したげるわよ」
 即興時代劇コントを終え、ハルヒはがさこそ自分のがま口を取り出して中身を確認するが、
「――てへっ」
 なぜかきゃぴ! ってな感じでぶりっこな笑みを浮かべた。
 嫌な予感が爆発してハルヒのがま口をふんだくる。逆さにして手のひらの上で振ってみると、ちゃりーん。
 えーと、五円玉が一枚。一円が……四枚。だけ。だけ……って、おい。
「きゅ、九円ってどういうことだよテンメエエエー!」
「ごめーん! ごめんてば! 顔怖い顔怖い!」
 電話もかけられないとかどんだけ!
 ここで補足するが、お互いの携帯も電池切れで充電しないと使えないのだ。正直ハルヒが銭持ってないことも予測して、古泉か長門あたりに迎えに来てもらおうという算段もあったのだがそれもご破算である。であーるじゃねえよ。
 辺りは夕暮れ。伸びる影は黒く長くて、生活圏の外にある町は異邦人を嫌うかのように寂しい雰囲気を発散しまくっている。
 俺たちのホームタウンまでの距離、多分直線で五十キロだかそこらあたり。
 ――どうしよう。
 ――どうするつったって。
「……歩くしかねえのか」
 時速四キロで歩いたとして十時間は軽く越える。夜明けまでに帰れるだろうか。
 明日が月曜日だということはこの際マゼラン星雲あたりに吹っ飛ばしておくことにしても、
「線路沿いに行けばなんとかなるわよ! あ、そうだ! 終電終わったら線路の上歩きましょうよ! そうすれば確実だわ!」
 歩き出して数分。参勤交代で地方から江戸へ赴く外様大名の心情に共感していると、何故かハルヒは上機嫌。
 ったく、誰の所為でこんな事態になったと思ってんだ。いや、俺だってこいつがあんまり楽しそうなもんだからついついホイホイ言うこと聞いてやったけどさ。
「あーるこーあーるこーあたーしはげーんきー!」
 つか今でも楽しそうだからだな、文句つけたって現状が好転するわけでもないし、大人しく歩くとするか。
 ――んで。
 ――気が付いたら夜も更け、月明かりの下線路を歩くスタンバイミーな二人組み。
「今の駅でようやっと半分か……」
 一応は電灯がついているものの、駅員の姿もなく寂しい駅を通り過ぎる。線路からホームを見上げると中々シュールな光景だが、そんなもん知りたくもなかった。
 腹減ったし喉も渇いた。足の中じゃ乳酸が大暴れだが、女のハルヒが疲れたの一言も言わないもんだから俺もへこたれれない。
 終始たわいもない話題を吐き出し続ける横顔をちらっと眺めて、ほんと何でこんなときまで楽しそうなんだかと肩をすくめる。
 呆れられたのを雰囲気で悟ったのかハルヒは口をとんがらせて俺を睨み、
「なによう。悪かったって言ってるでしょ」
「それはもう良いって。次から気をつけろよ」
 わかってるわよ、とバツが悪そうに叫ぶと、レールの上にバランスをとって、とん、と乗っかった。
「何やってんだ?」
「ふっふーん。今から下は海! サメがうようよの海! 早くレールの上に乗らないとがぶっといかれるわよ!」
「子供かよお前は」
 苦笑しながらもレールに乗っかる俺もガキのこと同じような遊びをしたもんだ。
 ジョーズのテーマを口ずさみながらハルヒは見事なバランスでひょいひょい進んでいく。
 先行していくその後姿に――ふと、本気でこいつは悪いと思っていて、無理矢理気味に明るく振舞ってるんじゃないかという考えが頭をよぎった。
 まさかな……。そこまで他人を気遣えるヤツだったら、そもそも九円しか持ってないなんてことないだろう。
 しかし、もしかしたら疲れたの一つも言わないのはそういう理屈ならしっくりくることも確かで、だからって今の俺に何が出来るんだと悩んでいると、
「あっ」
 つるりん、とハルヒは足を滑らせた。詳しい種類は知らないがヒールがついた靴を履いていた所為だろう。着地を失敗して尻から地面に激突している。
「いまだ! サメがハルヒに夢中なうちに俺は逃げる!」
「えっ、ちょ! 薄情者! 助けなさいよー! って、ほんとに待ちなさ、あっ、つ……!」
 わはは! と笑いながら駆け出して、すぐに止まる。最後の苦痛の声から想像するに、大方足首かどっかを痛めたんだろう。
 俺の推察を裏付けるように、振り返ってみると足首をさするハルヒの悔しそうな顔。
 おいおい。こんなことで俺に出来ることを作るなんて神様も意地が悪いし悪趣味なこった。これはもう無神論者になるしかないな。
 天に唾を吐きたい気持ちを抑えながらハルヒの元へ赴き、しゃがみこむ。
「ったく。そんな歩きづらそうな靴はいてるからだぞ」
 そんなに高いヒールじゃないが、今までの道すがらで疲労を溜め込んでいたのだろう。ただでさえ持ち主が豪快なヤツだ。寿命が来るのも通常より早かったに違いない。
 ハルヒは俺に怒ったもんやら靴に怒ったもんやらという難儀な表情を浮かべ、けれど結局は足首が痛むのかしかめっ面を選択し、
「だって……あんた最近背伸びまくりなのに、あたしったらちっとも伸びないんだもん」
 ちょっと論点がずれたような事を言い出した。
 そのずれを俺なりに修正アンド解釈するに、……つまり俺が隣に居ると凸凹になってしまうのが癪だから靴で少しでもタッパを水増ししようと、そういうことか?
「そうよ。悪い? だ、団長が平の団員見上げないと喋れないなんて許されないし、それにこの靴……この前みくるちゃんが似たようなの履いてて凄く可愛かったから」
 団長云々はこいつらしいが、可愛い云々はなんと普通の女の子らしいことか。
 もやしじゃなくてもしや、その靴買ったおかげで金欠だったとかいうオチじゃないだろうな。
「……」
 だんまりで肯定されてしまった。何てこったい、と天を仰ぐ。預かり知らぬところとはいえ、この状況を作り出した原因の一端が俺にあったとは……。
 はふう、と息を吐きつつ地上に視線を戻す。今は因果ではなく応報の方に対処せねばと気合をいれて、
「脱がすぞ」
 言い終わらぬうちに怪我した方の足から靴をとっぱらい、
「とりあえず固定すんぞ」
 言いつつハンカチをびりびり破り、包帯の変わりにして足首に巻いていく。自慢じゃないが不器用な手つきで、いつかネットか何かで仕入れた知識の手順をなぞりつつ巻き終えるころには、
「ありが、とう……」
 ぶっきらぼうに照れながら礼を言う珍しいハルヒの出来上がりである。 
 余談だが、素足にぺたぺた触ってしまうのが必然だったので、あっ、とか、やっ、とか、んっ、とか終始くすぐったそうにしていたハルヒであり、そんな変な声を意識してシャットアウツしていたのが俺だ。
「んじゃ、乗れ」
 青白い月光と虫の鳴き声に包まれながら咳払いを一つひっさげて、ハルヒに背中を向ける。
 が、背後からは逡巡する様子と気配が伝わってくるのみで、中々ハルヒはのしかかってこない。遠慮している? んなアホな。じゃあ何故といわれてもさっぱり分からんが、早くしろや、とはっぱをかけると、
「……今日、迷惑かけっぱなしだから」
「はぁ?」
 非常にふざけたことをぬかしやがった。
 迷惑をかけっぱなしって何だそりゃ。そんなもん今に始まった話じゃないだろうが。ていうか自覚してたのかよ……自覚?
「上様。正直に答えてもらいたいんですが」
「……なんじゃ」
「歩き詰めでお疲れなんですか? 歩くことになって申し分けなくて、無理に明るく振舞っていたんですか?」
「……」
 再びだんまりで肯定された。俺が言うのもなんだがなんという不器用さ。古泉よ、確かに変なところでこいつは常識があるなぁちくしょう。
 はぁ……もう、いや、まったく、やれやれやれやれ。
 俺は努めておっそろしい低い声が出るように声帯を調節し、いやそんな器用な芸当できないが、とにかくそういう意識で喉を震わせて、
「クマがな、出るんだよ」
「……何いってんの?」
「いや、だからクマだよ。この前ニュースでやってた。ちょうどこのあたりだ。……開発で住処を追われたクマがな、人里に下りてきて畑を荒らしたり人を襲ったりするんだ」
「……それで?」
 遠まわしに俺に気を遣わんとさっさと乗れや、と言っているつもりなんだが、この野郎テコでも動かんつもりだな。
 げほごほっ。喉いてぇ。やっぱり搦め手は俺には向いてない。振り返り、ハルヒのしょぼくれた顔を真正面から見据える。なるべく自然に自然にと、そう考えてしまった時点で不自然になってしまうのは必定なんだよという声は無視をして、
「ほんまにクマやぁぁぁ!」
 出たぁーっ! と情けない大声をあげて、思わずしりもちをついた。
 ハルヒは何こいつ……わざとらしいわねというように鼻からふん、と息を吐いたが、俺が必死に背後を指差してやるといかにも気だるそうに振り向いて、
「ちょとぉぉぉ! ほんとに居るじゃないのよぉぉぉ!」
 何時の間にやらこんにちはしていた多分ヒグマにびっくらこいて立ち上がろうとし、しかし足首の所為で叶わずに終わった。
「クマー!」
 クマさんは驚かれて大声出されたことにぶっちんきたのか、両手をがおーと挙げてこちらを威嚇するポーズをとった。
 お前ら食っちゃう五秒前である。いや、ちょ、や、やばいって。死んだふり死んだふり……。
「もう遅いわよそんなの! おぶって! おぶりなさい! 逃げるわよ!」
「さささサーイエッサー!」
 がばちょと飛び起きて背中を向けるやいなやハルヒがのしかかる。無事な方の足が俺の太ももあたりを蹴っ飛ばしていざ走りださん。あうんの呼吸である。
「いやぁぁぁ!」
「たすけてぇぇぇ!」
 静かな夜に雄たけびをこだまさせつつ、ドーピングを決めたベンジョンソンよりも早いスピードで駆ける。火事場の馬鹿力って本当にあるんだね、なんて納得するか! マジで助けて!
「クマー!」
「ぎゃああああ!」
 も、もう遠出なんてこりゴリラ!

 ………………
 …………
 ……

「ふぅ。この季節に着ぐるみはこたえます。まったく世話のかかるお二人ですね。長門さんもそう思いませんか? ……長門さん?」
「クマー!」
「捕獲してきた。……うかつ。任務に間に合わなかった」
「本物ぉぉぉ!?」
 がじがじ。
「アッー!?」

 どっとはらい。
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by kyon-haru | 2006-06-14 14:44


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