ポニー・ザ・クインテット

 ハルヒはのっしのっしと横綱みたいな歩調で団長席に赴き、土俵から転落したような勢いでどがっと腰を下ろした。額に青筋ぶったてたまま。うーん、血圧高いのかこいつ。でも笑顔だしなぁ。
 鶴屋さんはそんな妙ちくりんなハルヒの形相に吃驚していたのか、数秒間活動を停止させてから、
「ハルにゃんちーっす! 髪型どうしたの? イメチェン?」
「そんなところかしら? ゆーっくりしていってね」
 聞いてるこっちまで元気になるような声で言う。
 そんな鶴屋さんに答えつつハルヒは「元祖」と書かれた腕章を装着しだしたが、いったい何がしたいのやら。
 てか、やべ。まだ簡易ポニーテールしたままだった。すんません、鶴屋さん。
「良いよっ、気にしないで!」
 心が広いお方である。どうもありがとうございます、はい。
 また髪の毛にごみが付いたときは俺が颯爽と駆けつけますんでご安心を。
「あははっ、ありがと」
「何バカなこと言ってんのよキョン。ほら、あたしにもお茶淹れなさい」
「おう、いいぞ」
 今日はラッキーデーだな。鶴屋さんといいハルヒといい見事なポニーテールだ。眼福眼福。
 というわけで俺はすこぶる機嫌が良い。お茶くらいなら幾らでも淹れてしんぜよう。
「ほら、お前の好きな熱湯のような熱めだぞ」
 火傷すんなよ、と机に置いてやると、ハルヒは眦をひくひく痙攣させながら俺の顔をじろじろと凝視した。
 何だ? 何かついてんのか?
「別に」
「そうか。じろじろ見るもんだから鼻毛でも出てるんじゃねえかと思ったぜ」
「出る心当たりがあるのね……。っていうか、あんたこそあたしの事さっきからじろじろと。言いたいことがあるんなら迅速にはっきりと言いなさいよね」
「はぁ?」
 いや、そんなこと言われても別に見てるつもりは無かったんだが。
 だが……そうだな。こいつの馬の尻尾に僅かでも見とれていた時間が無かったと言えば嘘になる。女は視線に敏感だというし、それを感じ取られたんだろう。言いたいこともまぁあるにはある。普段ならこんな台詞面と向かって言える俺じゃないが、この機嫌なら言えそうだ。さっき鶴屋さんにもっと恥ずかしいことベラベラ言っちまった手前、今更っちゃ今更なんだが。
 というワケで何故かそのしっぽを何度も手櫛でさらさらと執拗に梳きながら流し目らしきものを送ってくるハルヒに、
「いや、やっぱ似合ってるなと思ってさ」
 何の衒いもなく本心で思いのたけをぶつけてみた。
 毎日それにしてくれたらもう少しお前の我侭に対する俺ハードルを下げてやっても良いのになぁ、と風に揺れるポニーにうっとりしていると、ハルヒは「ふ、ふぅん」と詰まらなさそうに呟いて、首ってそんなに曲げたら骨折れるんじゃねえかと心配させるような角度でそっぽを向く。
「どうした? 首でも凝ってんのか?」
「凝ってない」
「じゃあどうしたんだ」
「何にもない」
 何にもないのに首曲げギネス記録に挑む人間がいるだろうか。ハルヒなら暇だからという理由でやりかねんが、人と話してる時にせんでも良いだろうに。まぁ、別に構わないけどさ。
 逆側にも捻らないと関節に悪いぞ、と注意してやろうかどうか悩んでいると、
「……もっと言いたいことあるんじゃないの?」
 やの明後日を向いたままハルヒがぼっそりと呟いた。
 いや、別にもう無いぞ。
「本当に? 強いて言えば、とかそれもないの? あるでしょ、ありなさいよ」
 無茶苦茶だ。何なんだよまったく。
 やれやれだぜ、と肩を竦めたところで気がついた。ハルヒの野郎耳たぶの端っこがまっかだ。……なるほど、照れてやがるのか。文化祭の時しかり感謝されたり褒められたりするのに慣れてねえもんなぁ、こいつ。
 見えないハルヒの顔は今むにゅむにゅと慣れないこそばゆさに緩んでいるに違いない。で、もっと言うことあるでしょ、という先ほどの言葉。つまりもっと褒めて欲しいと、そういうことか。
 それくらいなら安い御用だぜ。だがしかし、鶴屋さんに聞かれたら流石にこっぱずかしいので、ハルヒにだけ聞こえるように声量を調節して、
「毎日それにしてくれたらもっと我侭聞いてやってもいいぞ、ってくらい似合ってるし俺の好みだ」
 言い終わってから俺の願望と個人的意見なだけで褒め言葉になっていないじゃねえかということに気が付いて焦ったが、そんな危惧をよそに、
「へ、へえぇ。あ、あんたがそこまで言うんなら? ま、考慮するくらいはしてあげてもいいけど?」
 ハルヒはというと、耳を絵の具の原液ばりに赤くして両足をばたばたばたばた! とさせ出した。
 うっすら見える顎のラインが超振動している。照れるにもほどがあるだろ。俺もちょっと恥ずかしいけどさ。
 前に回りこんで今のハルヒの表情を激写したい衝動を抑えるのに苦労していると、そんな不器用団長を見守りながら饅頭を齧っていた鶴屋さんがやおら、
「ね、ねっねっねっ? ゴム紐余ってたら貸してくれないかなっ?」
 そんな意図の見えないことをおっしゃった。
 ゴム紐ゴム紐、と頭の中で部室内を探索しつつ振り向く。
「ちょっとまってくださいね」
 そしてちょうど鶴屋さんと向き合ったところで、探索が完了した。確か朝比奈さんのコスプレ衣装がかけてあるハンガー横の、この物入れで見た記憶が……、
「ありました。はい、どうぞ、鶴屋さん」
「ありがとねっ」
 ゴム紐どころか艦載機を固定するバンジー紐だって探したい気分になるような笑顔で鶴屋さんはそれを受け取り、さて一体何をするのかな、と見守る俺の前で髪の毛をうんしょうんしょと束ねはじめた。
 長いし多いしさらさら指から抜けるから大変そうだな……じゃなくて、あなた、もしや! と戦慄に震える俺を何故かによによと見つめながら、鶴屋さんは満点をとったテストを親に見せる小学生のような晴れやかな笑顔を浮かべて、
「じゃっじゃーんっ! どうにょろーキョンくん? めがっさ似合ってるかなっ?」
 そんな答えなんか分かりきってるでしょな質問をぶつけてくる。
「え、あ」
 ええ似合ってます。似合ってますともそれはもう。額に入れて床の間に飾っておきたいくらい似合ってます。野球大会の時はヘルメットやら帽子やらが邪魔でしたけど、今はそれも無くてなんつうか感動です。
「えっへっへー! ありがとねっ!」
 パリコレのモデルのように見事なターン。一拍遅れて付いてくる馬のしっぽがきらきら輝いて俺のハートをわしづかみだ。
 バキッ! と木の板が折れるような音を残して鶴屋さんが着地する。
 いや待て。……バキッ? 空耳か? いや、なんかハルヒの方から音がしたような……。
 確かめようと視線を動かす前に、鶴屋さんは犬歯がのぞくお茶目な笑顔で、けれど少し恥ずかしそうに、
「ねぇねぇ、キョンくん」
「あ、はい。何ですか?」
「あたしが毎日この髪型にしてたら、キョンくんはなぁにしてくれるのかなっ?」
「……さっきの聞こえてたんですか」
 そんなことをおっしゃるもんだから俺の方が恥ずかしいってもんだ。
 ごめんねー風に乗ってきたからー。わざとじゃないにょろよ? というお声とダムッ! と何かを踏み抜く奇怪な音を俯き加減に聞きつつ、……ダムッ? 何暴れてるんだハルヒの野郎。さっきまで照れ照れで耳まっかにしてやがったくせに。
「おい、ハル」
「キョーンくんっ! 目上の人のお話を無視しちゃいけないよう?」
「え、あ……うぅ、すいません」
 いやはや、ははは。やっぱり誤魔化せねえか。ハルヒの音が気になるのも確かだが、つ、鶴屋さん、そんな上目遣いをされても俺は、俺は……っ!
「ほ、ホームラン連発ですかね。サヨナラとか、ええと、逆転とか満塁とか」
「サヨナラは一発しか無理じゃないかなっ? ていうかキョンくん、野球は毎日やらないっさよ」
 そう言われましても、何も思いつかないというか、あぁちくしょう、幸せのような不幸のようなこの状況を誰かなんとかしてくれないだろうか。
「ねぇねぇ? 俺好み? 俺好み?」
「う、うぅぅ」
 ――そんな俺の切実な願いが天に届いたのだろうか。そうだろう、きっと!
 バキッ、ダムッ、ガンッ、バタンッ! 
 という鼓膜と自然に優しくないような音が連続して、再び部室の扉が開かれて、そこには――!

「いらっしゃぁい、鶴屋さん? うふふ、遅れてごめんなさいです」
「……遅れてすまない。掃除当番だった」
「ようこそお出でくださいました鶴屋さん。それと、遅れてすみません。ちょっと野暮用があったものですから」

 いやぁ、ハッハッハッハ! と陽気に笑う朝比奈さんと古泉と、何か目のハイライトが何時もより心持暗い長門が頬を引きつらせていた。三人が三人とも額に青筋ぶったてて。
 そんなSOS団が誇る不思議トリオの髪型は、俺が知らないだけで今日はその記念日だったのかと思うほど見事なポニーテールだった。
 ……いや、長門髪の毛の量が足りてないけど。
 古泉とか男だけど。
 それでも言おう。言っとこう。多分これ一応じゃなくて、義務とか宿命とかそういうレベルの話だと思うのだ。
 
 似合ってるぞ、みんな。
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by kyon-haru | 2007-07-06 06:48


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