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イン、マイ、プレイス

 クラスでの座席が前後ろになるのはまぁ仕方ないとしよう。
 だがな。社会見学で隣の県の大学を訪問するバスの座席が隣同士になるってのは些かやりすぎなんじゃないか? 俺たちだけだぞ、男女ペアで座ってるのは。誰か文句を言え。俺の変わりに。くそ、何で皆微笑ましい顔をしているんだ。

「移動中ってのは暇の代名詞よね」
「……まぁな。お菓子も禁止、遊びも禁止だからな」
「トランプだとかそういう単純な物なら良いと思わない? まったく堅物教師ばっかりなんだから。ビラ配りした時と良い、忌々しいわ」
「トランプについては同意だ」

 ハルヒは退屈退屈ツマンナイと愚痴と不満を繰り返している。
 風景でも見たらどうだ? などという提案は睨みとともに却下された。
 最近じゃ力は弱まっているらしいから、これくらいでは閉鎖空間は発生しないと思いたいが、このままだと俺に被害が及ぶ確立九割、無茶をしだす確立が九割。つまり十割を超えているので確実に何かやらかすのは間違いなさそうである。
 あぁ、分かってるよ。何とかするともさ。このやろうが。

「ふわぁ」

 ――と景気よく行きたいのはやまやまなのだが、前日深夜まで映画の再放送を見ていた俺は眠気に勝つことが出来なかったのである。バタリアンは最高だぜ。

「ねぇ、キョン。……キョン? ちょっと聞いてる? って、」

 ハルヒの声が遠のいて行く……。
 すまん、ダメだわ。どうにか一人遊びで退屈を紛らわしてくれ。性的な意味でなく。

「ちょっと! 何勝手に寝てるのよ! ばかっ!」

 ……おやすみ、ハルヒ。こてん。


(・ω・`))))

 
 ……眼が覚めた。そんなに長い時間寝たわけではないのだが、良い具合にすっきりした。快眠だ。いやぁ気持良いね。

「んっ……」

 傾いて何かやわらかい物にのっかていた頭を起こす。
 座席で小さく伸びをする。体が固まってしまっている。こんな狭いところで寝らしょうがないか。
 ふぅ。
 さてさて、ハルヒはどうなったか。怒ってないか、と思って見てみれば、  

「……」

 はて? どうしてか頬を赤くして俺をジト眼で睨んでいた。
 むぅーっ、と結ばれた唇。しかし、不機嫌かどうかと問われれば決して不機嫌には属さない、といった妙な表情をしている。 

「……どうかしたのか、ハルヒ?」
「なんでもないわよ、別に」
「そうか? それなら良いんだが。……寝ちまって悪かったな」
「いいわよ、疲れてたんでしょ。暇だし、眠くなるのも仕方ないわ」

 何だろう。この素直さというか物分りのよさというか普通な反応は。
 しかもちょっと優しいし。いや、かなり優しいな。
 良い感じに一人遊びで退屈を紛らわしてくれたのか? そうなんだろうな。
 バスが止まる。バスガイドさんの声が車内にひびいた。お疲れさまでした、と。

「着いたみたいだな」
「そうね。……ちょっと、キョン」
「何だ? 先に言っておくが、抜け出して遊びに行こうとかは無しだからな」
「勝手に決めないでよ! ……そんなことより、帰りのバス、わたし寝るから」
「は?」

 なんの宣言だ。
 別に俺に断りをいれる必要があるのだろうか。

「だから、帰りはわたしが寝るって言ってんの! 分った!?」
「あ、あぁ。よく分らんが分った」
「……ねぇ。聞くけど、なにか夢見た? さっき」

 話の繋がりも質問の意図も分らない。が、気にしてもしょうがないか。

「小さいとき、お袋にだっこしてもらってる夢だったかな」
「ふーん。で、感想は?」
「悪くなかった。夢って言うよりは記憶の蘇りみたいなもんだったけどな」

 非常に安らいだ夢だった。
 安眠快眠にふさわしい内容だった。しかしマザコンではないぞ、決して。
 俺の言葉を聞いたハルヒは何故かしきりに何度も頷いていた。
 ……さっきからいったい何なんだろうね。

((((´・ω・)

 で、帰りのバスだ。大学見学はずばり言って普通だった。
 案の定ハルヒは終始不機嫌だったが、大学の中ってこんな風になってるんだ、と少しだけ楽しそうでもあった。対応と案内をしてくれた助教授の人の話はまったく聞いていなかったが。
 そんなハルヒは宣言どおり直ぐに寝た。見事な寝っぷり――だと思ったのだが、不規則で不自然な呼吸から察するに狸寝入りである。
 訳が分らない。なぜ狸寝入りなんかする必要がある。
 ……それと、なぜに、

「……ハルヒ。何やってんだ」

 俺の肩に頭を乗せる必要があるのだろう? 
 俺の言葉を聞いたハルヒは、これは寝言なんだから、と前置きをして、

「枕はじっとしてないよ。……私もそうしてたんだから」

 小さく、本当に小さく囁いた。
 ……あー。そうか。そうだったのか。
 なるほどなるほど。うん。ようく分った。
 俺もお前の肩に頭を――だったのか。何てことだ。
 これは独り言だが、と俺は前置きをして、

「ありがとうな。ゆっくりしてくれ」

 本当に小さく囁いて、ハルヒの髪の毛を撫でた。
 こいつも良い夢が見れますように、と。
 起こすときは何だとかいうハルヒの囁きだけは聞いてないことにするがね。
 流石に無理だ、それは。

「……私はそうやって起こしてあげたのに」

 ……マジ?
 慌てて唇をなでる俺をうっすらと開いた眼で見て、ハルヒはくすりと笑った。

「ばーか」

 ……それでからかわれたのだと悟る。
 うがぁ。早く寝なさい、ったく。
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by kyon-haru | 2006-11-21 23:48

アップデートに最適な日

 特にイベントなど無ければ、いつも団長席に居座りパソコンをしているハルヒ。
 主にネットサーフィンがメインだが、さぞかしパソコンについても詳しくなり、マイクロソフトの検定にも受かるくらい知識があるんだろうなぁ――なんて考えはとんだ見当違いだった。

「ちょっとキョン、パソコンが壊れちゃったわ!」
「まぁ、カタチあるものは何時かは壊れる運命だからな」
「っさい! ちょっと来なさいよ!」

 やれやれ、と溜息を吐きと思いつつ俺は団長席に赴き、画面を見た。
 見て、ちょっとばかり驚いた。いや、かなり驚いた。

「……は?」

 壊れたと言ったか? ハルヒは。うむ、言った。確かに。
 しかしである。パソコンは快調に動いていた。

「どこが壊れてるんだ?」

 モニタ画面にはヤッホーのホームサイトが表示されている。
 どこにもおかしなところなんて無い。フリーズしているわけでも、ブラクラを踏んでいるわけでもない。……普通だよな。どこから見ても。
 だというのに、ハルヒは、

「ひらがな打とうとしても全部ローマ字になっちゃうのよ!」

 壊れたわ! むかつくわねっ! 何が最新機種よ!
 と口をアヒルのように尖らしてぷりぷり怒り、
 ちょっとコンピ研に新しいの貰ってくるわ! と騒いでいる。
 ……えーと、すまん。堪えようという試みは無駄だった。我慢できない。

「くっ、くふっ、あっははははっ」
「な、何よ! パソコンが壊れたのに何で笑ってるのよ!」
「い、いや悪い。……はぁ、これくらいなら俺が直してやるから、くっ」

 腹筋を押さえつつ、CapsLockキーを押してやった。
 
「……ふざけてんの? そんなもんで直るわけないでしょ」
「良いからもっかい打ってみろって」
「むーっ。嘘だったら死刑だからね……って、あ!」

 カタカタとキーボードを人差し指だけでタイプするハルヒ。
 勿論、ヤッホーの検索語を打ち込むテキストボックスには見事にひらがなが羅列された。
「きょんのばか」 ……おい、こら。そんな物検索してどうする。
 と、抗議しようとしたのが、それを見たハルヒが、

「すごいわっ! やるじゃないキョン! 見直したわよっ!」

 などと本気で喜ぶものだから、可愛いやら面白いやら俺は笑いつつもネタばらしをしてやった。
 お前が何かの拍子でこのキーを押して入力モードが変わってしまっただけで、壊れたのでもなんでもなく、寧ろ正常だと。
 俺の説明を聞いたハルヒはころころと顔の表情を変えたが、羞恥に落ち着いたのか顔を真っ赤にして怒り半べそという不思議な状態になった。くっ、くくっ。

「なぁ、パソコンも満足に使えないようじゃ不思議はまだまだ見つけられないな、ハルヒ」
「ううう、うるさいうるさいっ! キョンのばかっ!」
「それにしてもくっ、ぶふっ、ローマ字しか出ないから故障か、ハルヒ、くくっ」
「だまれだまれっ! ばかっ! 何よ何よ!
 こんなの知らなくても、ふ、ふしっ、不思議はみつけ、みつけられ、るう、うぅんだから……っ!」

 そういう具合に半べそで泣き怒るハルヒ。ぽこぽこと俺を叩く。
 いや、珍しいうえにちょっと可愛らしい光景である。
 中々たつことのできない優位に居るし、このまま少しばかり観察したい気もするが、あんまりからかうのも可哀想だ。
 俺はハルヒの頭にぽん、と手を置いた。

「怒るなって。今度教えてやるから、な?」
「いいわよ、べつにっ」
「俺の家にもパソコンあるから、休みはパソコン教室にしよう」
「……だから、」
「二人きりでマンツーマンしてやるかさ」

 そこまで言ってようやく、ハルヒは機嫌を治してくれた。
 むぅーっ、と唇を噛み締め、がしがしと目元を擦り、

「……そこまで言うんだったら教えてもらってあげても良いけど」

 そっぽを向きつつそう言った。相変わらず素直じゃなかったが。
 いや、ハルヒらしいと言えばとんでもなくハルヒらしいけどな。

「へいへい。団長様には手取り足取り丁寧に教授させて頂きますよ」
「……やくそくよ」
「かしこまりました、団長様」
 
 芝居がかった動きで恭しく礼なんぞしてみる。
 ぽこん、と力なく叩かれる頭。

「もう、ばかっ!」


 ――で。日は巡って休みの日。
 ハルヒはマウスの使い方から教えろと言い出すのだが、それはまた別の話だ。
 オチが弱い? 良いだろう、別に。
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by kyon-haru | 2006-11-21 23:19

ポニーアンドポニー

 今日も今日とて放課後である。止まない雨が無いように来ない放課後は無いのである。何だそりゃ。
 帰巣本能に従い部室に赴いた俺は少なからず驚いた。
 ハルヒ曰くSOS団名誉顧問なので確実に団員と言えば団員なのだが、何かのイベント事以外ではあまり絡むことの無いその人が一人で部室に居たのだから。
「ちわっす鶴屋さん。珍しいですね」
 こんこん、とノックしてみれば中から返ってきた声が「あいてるよっ!」である。
 相変わらず何時も元気な人だなと思いつつ、扉を開けた。
「ちわっすキョン君!」
 パイプ椅子に腰掛けていた鶴屋さんは、笑顔でしゅたと右手を挙げてくれた。
 朝比奈さんにお出迎えして貰うのもおつだが鶴屋さんでもおつである。でも、というのは失礼か。甲乙つけ難いね、うん。そこに居るだけで他の人に元気を振りまく人なんてそうは居ないだろう。
「何か用事ですか?」
「ううん。陽気に誘われてふらっと立ち寄ってみただけっさ。でも誰も居ないから帰ろうと思ってんたけどねっ」
 キョン君が来てくれてめがっさ良かったにょろよっ!
 と笑顔で嬉しいことをおっしゃって下さる。
「朝比奈さんと一緒じゃないんですか?」
「みくるは先生に呼ばれて職員室に行ってるんだねっ。進路相談じゃないかなっ」
「なるほど。もうじき三年生ですもんね」
 そして俺は二年である。勉強にも本腰を入れないとな、などと考えるとかなり頭が痛い。
 勉強するからという理由でSOS団を休めるとも思えないし、それ以前にそんな理由で俺が休むと言い出す日が来るかどうかの方が疑問だったりするあたりダメダメであるが。
 出来たら一緒の大学に行きたいね。……誰とだって? どうして教えないとダメなんだ? 皆さ。
「それが終わったら此処に来られると思いますよ」
「うん。そうだね。みくるは団活大切にしてるからねっ」
「ハルヒやらもすぐ来ると思うんで、それまでは俺のもてなしで我慢してください」
 喋りつつお茶なんぞ淹れてみる。
 たまにしか淹れない上に男の俺なので味は全く保証できない。申し訳ない限りである。
「どうぞ」
 お茶請けにとハルヒが仕入れてきた――もとい、家庭家部からかっぱらって来た饅頭と共に、湯飲みを鶴屋さんの前にを置く。
「ありがとっ! ……うん。美味しいよっ!」
「いえいえ、お粗末さまです」
 正直自分で飲んでみた感想は美味でもなく不味でもない普通な味だったのだが、満面の笑みで鶴屋さんにそう言われると二口目は一口目よりも格段に美味く感じるのが不思議だ。
 しかし、まぁ、美味しいというのは俺に気を遣ってくれたんだろう。
 色々とお世話になった事もあるし、いや、本当に良い人だな。
「鶴屋さんは進路指導は無いんですか?」
「私は昨日だったよ。この調子で勉強しつつ、出来れば帝大を目指して欲しいってさっ」
「へぇ、秀才なんですね」
 素直に吃驚した。賞賛が自然にこぼれ出た。本当にかなりの秀才だぞ、それは。
 今度是非教えを請いたいね。ハルヒ教官はスパルタ過ぎるからな。
「いやいや、それほどでも無いにょろよっ。あはははっ」
「いえいえ、本当に凄いですって」
「んもう、褒めたって何も出ないっさ!」
 某さいたまの幼稚園児の「いやぁ、それほどでもぉ」みたいに照れる鶴屋さん。
 ……なんて分りやすいんだ。
 このまま色々ヨイショすれば金貨の一枚でももらえそうな気もするが、時代劇の三下越後屋になる気は無いので止めておこう。
「……ん?」
 と、その時だった。
 不意に鶴屋さんの見事な長髪にゴミがはっついているのを発見したのは。
 緑がかったさらさらのストレートヘア。光を受けて輝かんばかりのそれに、場違いも良いことにちょこんと控えめにけれど我が物顔で居座っている恐らく埃の塊り。
 全く不届きなゴミである。あれだけ長いと手入れも大変だろうというのに。それが台無しだ。そんなワケで暴れん坊将軍の如く即刻成敗することにした。
「鶴屋さん、髪の毛にゴミついてますよ」
「えっ? どこっ、どこかなっ」
「あ、じっとしててください。俺がとりますから」
 俺の言葉に動きを停止する鶴屋さん。いや、そんなに固まらなくても良いんですけれども。
 などという下らない事を考えずに、さっさととってしまおう。
 椅子から立ち上がって、鶴屋さんの後ろに回りこんだ。
「はい。とれました。埃ですね」
 そっと手を伸ばし、つまむ。そのままゴミ箱へスローイン、というワケには行かないのでとりあえずポケットに入れた。後で放り出して捨てれば良いだろう。
「ん、ありがとね、キョン君」
 声に連動してふわりと揺れる長髪。
「どういたしまして」
 うーむ……近くで見れば見るほど見事だ。枝毛なんて一本も無いんじゃないだろうか。無いだろう。きっと。
 古の時代ではお金に困った女性は自分の髪の毛を売り物にしたと言うが、もし鶴屋さんの髪の毛を売ればビルが建ちそうな勢いである。
 勿論切るも売るも滅相もないし、そんな事は全力で阻止するが。
「奇麗な髪ですね」
「うん。ちょっとした自慢だにょろよっ」
「あの、ちょっと触ってもみても良いですかね」
 感動していたと思ってもらいたい。そんな俺らしくない台詞を吐いてしまったのは。
「良いよ良いよっ。減るもんじゃないしねっ」
「いえ、減るもんだと思いますけど……」
「はははっ! 細かいことは気にしないっさ! でも、優しくしてね……?」
 どこまで本気なんだろうか、この人は。
 とりあえず甘い声にどっきんばっくしつつも、俺は「それでは失礼をば」と髪の毛に触れた。
「……」
 指を少しもぐりこませ、掬う。が、さらさらと砂金のように何の抵抗もなく流れてしまった。
 ……凄い。見た目よりかなり滑らかだ。嘆息が出る勢いだね。
「さらさらだし、奇麗だし、なんていうか凄いですね」
「えへへっ、ありがと」
 感激すら覚えつつ、俺はあることを思い出した。
 それは何時だったか……そう、まだSOS団が出来て間もない頃だ。
 市民野球大会。それの助っ人に来てくれた時の鶴屋さんは、それはもう全盛期のロジャー・クレメンスの豪速ストレートの如きに見事なポニーテールだったなぁ、と。
 ハルヒがかつてない規模の閉鎖空間を作り出しそうになったとか他にも色々あった気がするが、思い出したくもないのでカットだ。
 とまぁ、良い具合にフレグランスなメモリーに浸ってしまったからだと弁解する。
 俺は鶴屋さんの髪の毛を手で束ねて、簡易ポニーテールを作成してしまっていた。
「キョン君? なーにしてるのっ?」
 貴方の見事なポニーテールが見たくて暴走しました。なんて言えない。
 いや、そう言った方がまだましだったかもしれない。俺の口はナンパなプレイボーイみたいな事を口走っていた。
「野球大会の時でしたかね」
「うん? あの時はホームラン連発で楽しかったよね!」
「あの時の貴方のポニーテールは、そりゃあもう反則的なまでに似合ってましたよ」
「……へ? ふえっ?」
「俺、実はポニーテール萌えなんです」
「あ、あぁ。そうなんだっ! し、知らなかったなぁ!?」
 真剣にそんな事を何故かどうしてわたわたと慌てている鶴屋さんの後頭部に真剣な声で囁いてしまった事を、俺はのちのち後悔することになる。
 それはもう後悔することになる。
 ばぁん! と蝶番に対する優しさの欠片もなく豪快に開け放たれた文芸部室の扉の向こう。

「……いらっしゃい、つ、る、や、さん?」
 
 ――終わりのHRまでは確かに何時ものだった髪型を、黄色のリボンでくくりポニーテールにしたハルヒが、額に青筋をぶったてて微笑んでいた。
 とりあえず言っておこう。似合ってるぞ、ハルヒ。
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by kyon-haru | 2006-11-21 06:01

フリエンドス

 人間はどんなに真面目な奴でもたまに気紛れなんてものを起こすときがある。
 その日の俺がそうだった。俺が真面目かどうかは置いておくとして、それは本当にただの気紛れだった。

「それじゃ、皆また明日ねっ」
「……」
「それでは、僕もこれで」
 長門のハードカバーを閉じる音を合図として、SOS団の活動は閉店するのが決まりになっており、別段残ってする用事――朝比奈さんの着替えや不思議手紙による呼び出し、が無い者たちは帰れと言われなくてもすたこらさっさだぜい、と帰路に着くが普通だ。
 普通なのだが。着替えるから先に帰ってて、という朝比奈さんを残して部室を出た俺は、何の気紛れかソイツの背中に声をかけていた。
「古泉」
 声をかけられた少年エスパー戦隊こと古泉一樹は爽やかに振り向いた。
「何か相談ごとでも?」
 と、何時もの文無しスマイルで、俺の横に並んで歩き出す。
 俺がお前に声をかけるなんて何か厄介ごとが起きたときだけだからな。まぁ、普通のリアクションだ。
 しかし別に俺には相談ごともないし、ハルヒの精神状態を訊ねたいわけでもない。
 後者の場合は尋ねずとも自力で充分に分ると言った方が正しいがな。ここ突っ込むところだぞお前等。
「いいや。ただ普通にお前と話したかっただけさ」
 古泉は明らかに驚いた顔をした。珍しい者を見たと。
「それはそれは……光栄、なんでしょうか」
「俺に聞くな」
 みんな変だがコイツも変である。今更言うまでもないが。
 何だ。俺が普通に話しかけたら何か文句でもあるのか。
「そんなものあるわけがないでしょう」
 古泉は驚き顔をやっぱり光栄です、と諭吉くらいの笑みに変えた。喜んでいるのか? だろうな。何でだろうね。
「それで、いったいどのような話なんですか」
 そんなに期待に満ちた目をされても困るんだが。
「新しいゲーム買ったから、今度の休み俺の家に遊びにこねぇか」
 話と言ってもこんなもんなのだからな。
「都合が悪かったら別に良いぞ」
「いえ。悪くありません。是非とも行かせて頂きます。ええ、勿論」 
 ところが古泉は何故かどうして大変喜んだ。
 そこまで喜ばれるような事だろうか。違う。男子高校生だ。休みの日に友達と遊ぶくらいなんて普通も普通だろう。そんな普通を嫌う団長様も居るが。
「たまにはボードゲーム以外もしろ」
「そうですね。えぇ、非常に楽しみです」
 リアクションがさっきから大袈裟だっつうの。
「すいません。恥ずかしながらこういうものはあまり……」
「あまり、何だ」
「慣れていないと、言いますか。……経験が少ないもので」
 言って、笑顔を一転しけた顔をする小泉。
 そこで俺は閃いた。あぁ、なるほどな。
 三年前から。ハルヒの所為で超能力に目覚めたコイツは、機関のアルバイトとかやらが忙しくて、普通の男子学生とはかけ離れた生活を送って来ていた。
 だから、休みの日に友達と遊ぶ、なんて普通の事が珍しくて、慣れなくて、嬉しいんだということに。
 ……やれやれ。いざという時には長門の次に頼りになるくせに。
 俺の部活は手のかかる奴ばっかりだぜ。まったく。
「これから慣れていけばいいだろ」
 ばんっ、と俺は古泉のケツを蹴っ飛ばした。
「友達だろ、俺たち」
 吃驚してケツを抑えている古泉にそう言ってやる。
 非常にこっぱずかしい台詞のような気もするが、当たり前の事を言っているような気もする。
 谷口や国木田やらとコイツ。違うところは変な能力があるかないか。それだけだろ。
「……感動です」
 気持悪いことを呟いた古泉は、次の休みの日にお菓子やらジュースやらどっさりとお土産を持ってきた。
「また負けてしまいましたね」
 ゲームの勝負の結果とは裏腹に女なら素敵だと称するだろう笑みを浮かべるソイツに、
 お前を誘ったのは気紛れだった、
 なんて言える筈がなかった。――友達だからな。
 
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by kyon-haru | 2006-11-20 16:57

拍手返信3

策謀楽しませていただきました。ぜひとも続けてください
>ありがとうございます。こういうのは一発ネタで終わっておいたほうがグダグダしなくて良いなともおもいつつ、続きも書いてみたいなーとも思いつつ、難しいのです。うひー。

ヤンでますね~^^Good Jobです、続き楽しみにしてまっす!
>ありがとうございまっす。しあわせは完結させたいと思います。ウッス。

「策謀」続くそうで楽しみです(某所でも言ってましたねw)
>考えるって言っただけだぜ、俺は。

ハルヒが恐くてちびりそうだった。あと、エキサイトブログのシンプルに綺麗に纏まってて良い感じだった。マ
>最後の”マ”って何? マって。エキサイトとはてなは使いやすくて好きです。マって何だ!

ヤンデレおもしれー!
>ありがとー

おもしろかったです。これからもがんばって書いてください!
>おう。頑張るよ。でも腰痛いんだ最近。20台にして腰が。

朝倉涼子の策謀おもしろかったです。新作が楽しみです。
>朝倉さんの魅力に気がつくのが遅かった私です。刺す刺す愉快だ。

長編よりも是非短編の執筆及び更新を!! (長編の作風は苦手なもので…)
>すいません。どちらもバランスよく更新できたらな、と思います。ハルヒ好きなのになかせてしまう俺はダメ人間だ……

谷口はすばらしい…w
>wawawa忘れ物ー

orz
>(・∀・)ニヤニヤ

病み具合がステキですねっ
>あれくらいじゃぬるいかと思ってました。どうもどうも。

わっふるわっふる! ×多数
>その熱意を勉強とか仕事にまわすんだおめーら!
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by kyon-haru | 2006-11-18 22:48

蚊取り線香をくれないか

「ハルヒ、首んとこどうかしたのか?」
 珍しく坂の途中でハルヒと出くわした。
 朝っぱらからむすっとした顔でどうして機嫌が悪いんだ、と注視してみれば、首になにやら赤い虫刺されみたいなものがあるのを発見した。
「……何かに噛まれたのよ。かゆいったらありゃしないわ」
「そうか。あんまり触るなよ。そういうのは薬塗って放置に限る」
 なるほど。それで機嫌が悪いのか。場所も場所だしな。痛み痒みを容易に想像できてその辛さも理解できる。
「分かってるわよ」 
 と、言いつつハルヒはまだまだ不機嫌だ。……治るまでこの調子なのか?
 はぁ、やれやれ。と俺はごそごそと鞄を漁った。何の偶然かムヒと絆創膏を持ってきていたのだ。
「良いもの持ってるじゃない」
「多分片付けがめんどくさくて鞄にほうりこんだんだ。塗ってやるからじっとしてろ」
 立ち止まる。ハルヒは「ん」と小さく呻きつつ、顔を傾けて、手で制服の襟を捲った。
 ブラちら、してるのは黙っておこう。艶かしい鎖骨のくぼみに釘付けになりそうになる視線を虫刺されに固定する。
 ……ピンクか、ハルヒ。
「ちょっと、くすぐったいわよ」
「こら、動くな」
「……手つきがやらしいのよ」
「俺の手先にそんな意思は毛頭ない」 
 しょうもないことを喋りつつ、むわっと薫る汗とボディソープが混じった甘い香りにくらくらしつつ、薬を塗り終える。
 指で薬を薄く伸ばしてる間ハルヒが
「やっ」とか「んっ」とか「あぅ」とか小さく呻いていたのは一体なんなんだろうね。
 変な声出すなといったら赤い顔で殴られるし。何なんだこのやろう。くすぐったがりなのか?
 ……まぁ、良いか。後は絆創膏を貼ってお終いだ。
「手つきが、」
「だからじっとしてろと言うのに」
「……むーっ。なによ、エロキョン」
「誰がエロだ」
 再びしょうもないことを喋りつつ、絆創膏を貼ってやった。
 上手いこと赤い腫れは全部隠れてくれており、見栄えも悪くない。
 後は汗で剥がれないように祈るだけだ。あんまり暴れるなよ、ハルヒ。
「終わったぞ」
「……ん。ありがと」
「珍しいな、ありがとうなんて」
「イチイチ一言多いのよ、アンタは。私だってお礼くらい言うわよ」
「ヒラの俺も団長様のお役にたてて光栄の極みですよ」 
「……喧嘩売ってんの?」
「生憎品切れ中だ」
「ばかっ」
 再び坂を上る。何てことは無いかけ合いの途中にそっぽを向いてしまうハルヒ。
 だが、機嫌は良くなったみたいだ。横顔の口元は確かに綻んでいる。
 やれやれ。良かった良かった。コイツはやっぱり笑ってる方が良い。古泉に貸し一つってところかな。
「放課後虫除けスプレーか何か買いに行くか?」
 ひょこひょこ揺れる黄色のリボンに、そう言ってみる。
「それくらい一人で行きなさいよ」
「それが薬局の場所をど忘れしてな」
「ふーん。たるんでるわね、まったく。良いわよ、私がついていってあげる」
 感謝しなさいよ! と、振り向いたハルヒの顔は、今度こそ本当の笑顔だった。 

 教室に入る。二人して――というのが原因かどうか分らないが、谷口に目をつけられた。
 おはようとでも言うのか、それともからかってくるのか?
 と思いきやチャックを全開にして、何故かハルヒを凝視して固まっている。……何だ?
「涼宮、お前、首のところ……」
「なによ」
「き、キョン! お前ってヤツは! このスケベ野郎! 変態!」
「はぁ?」
 変質者を見る目をしているのは俺たちの方だ。そして何を思ったか谷口は、大声で、

「キョンが涼宮の首にキスマークつけやがったー!」

 酷く頭の悪い中学生の妄想みたいなことを叫び、クラスのヤツラは、
「「「な、なんだってー!!!???」」」
 揃いも揃って馬鹿なリアクションを――って、ま ち や が れ ! 
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by kyon-haru | 2006-11-17 01:30

拍手返信2

ヤンデレハルヒ最高!!キョンの性格にちょっと違和感があるけど、キョンも壊れていると考えれば問題なし。
>違和感は一応は狙って書いてます。ヤンでるのはハルヒなのかキョンなのか。どちらもなのか。楽しんでいただけて嬉しいです。

ハルヒの すごい ヤンデレ ktkr  凄く面白かったです。
>ありがとうございます。いつも受けるのかな、と心配なのです。

長編のヤンデレハルヒテラモエスwwww続きwktkしてるお(^ω^ )
>ありがとうだお( ^ω^) 良かったら一緒にブーンするお。

ヤンデレ!ヤンデレ! 俺も奇特な人間なので、しあわせの更新楽しみにしています
>奇特な人間が集まるのがソウウツなのさ! 作者を筆頭に。

ヤンデレが最高だと思うわけで。GJです
>いやはや、本当にありがとうございます。このジャンルは難しいんですが、ナントカ頑張ります。

朝倉SSがツボにきますた
>俺もお前が気に入った。テトドンしてもいいぞ。

「ヤンデレ」というものをここで初めて知りましたが、中毒になりそうなほど萌えます。萌えすぎます。
>ヤンデレという記号が出来たのは最近みたいですが、キャラ的には昔からあったみたいですよ。ありがたいですがジャンキーは駄目やがな。
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by kyon-haru | 2006-11-14 13:53

拍手返信1

キョンxハルヒでもっと盛り上げて下さい!
>ありがとうございます。大いに盛り上げていきたいですね。

読みやすくて、かわいくてイイ
>さらっと読める文体を試行錯誤してます。上手くいってるかな。

とても素晴らしい小説です!!
>そんなに褒めていただいてもさっき拾った十円くらいしか つ「⑩」

ヤンデレすごいyOヤンデレ
>マニアックなお方。自分で書くのは楽しいんですが、他の方の作品を読むとへこみます。

ヤンデレ具合がいけてました(笑 [禁則事項]の方も更新期待してます。
>その名前はピーッだ! ありがとう。

ツンデレが好きです、でもヤンデレのほうがもっと好きです。
>マニアックなお方二号め。二個上に書いたとおりな私です。変な奴だね、私。
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by kyon-haru | 2006-11-14 13:47

涼宮ハルヒはしあわせ 第五話


 洗面所で鏡に映ったのは、他人に近い自分の顔だった。酷い有様だった。クマもさることながら、頬も少しこけていた。たった二日で……? それとも、以前から俺はこんな顔をしていたのだろうか。分らない。
「……」
 歯を磨き、無精ひげを剃り、顔を洗う。
 たまに妹と一緒に行う行為を、一人でただ漠然とこなしていった。
 幽鬼のような俺の様子を心配してくれる家族の声もあまり耳に入ってこず、ただ朝飯をぼんやりと胃袋へと押し込めた。吐き気を我慢するのが困難だった。
 部屋に篭り、ベッドに寝転がる。
 視線をやった窓の外。空をすっぽりと覆う分厚い雲には濃淡があり、強い風にごうごうと流されていた。灰色に暗く翳る街並み。直ぐにでも土砂降りの雨が降り出しておかしくない天気だった。
 まるで俺の陰鬱な心境だな、と思う。
 溜息は吐いても吐いても貯蓄が尽きず、脳裏を迷走する暗澹で暗く重い思考。出口を探して彷徨う、堅牢の中を。
「……気持悪い」
 酷く疲れていた。体が重い。たいした運動などしていないはずだが、全身を鉛で包まれたかのような錯覚を覚える。精神に体が引き摺られているのだろうか。
 しんと静まった室内。自分の呼吸音しか聞こえない。
 イヤにでも昨日の出来事を思い出しそうになるのを歯を食いしばり頭を掻き毟って耐えようとする……のだけれど、耳にこびり付いたアイツの声が、どうしても離れない。

――殺してやる

 そして脳裏に浮かぶ狂ったハルヒのの顔と挙動。
 言い知れぬ不安感と恐怖感。
 首を絞めてしまった朝比奈さん。大事になる前に俺は手を離した。けれどアイツは、骨を折っても手の力を抜かない、だろう。振り上げられる凶器。肉に埋めりこみ、内臓をぐりぐりとかき回す切っ先。フラッシュバックする朝倉涼子の姿。……気持悪い。
「くそっ……」
 思わず込み上げた吐き気と、わき腹に走った幻痛に、俺はイメージを無理矢理に払う。
 そんなことは考えるな。考えるな。考えるな……!
 アイツがどうなろうと知ったことじゃないだろう。朝比奈さんがアイツの凶器の餌食になるかもしれない……それでも、もう俺は本気で拘わっちゃいけないと決めたのだ。だから、今更何を考えたって無駄だ。意味が無い。逃げれば良い。
 口では反論しながらも、結局はやれやれだなんて肩をすくめつつも我侭を聞いてやる――そんなのが一番嫌だったんじゃないか。アイツに振り回されるのが嫌だったんじゃないか。
 きっかけは思い出せない。けれど、何時の間にかそれが楽しいの感じれなくなったから、俺は退部を決意したんだ。楽しいどころか、苦痛にしか感じなくなったから、アイツ等と決別しようとした。
 だというのに、
「あぁぁぁぁっ!」
 一昨日の放課後ではあんな事をしてしまって、昨日の昼休みにはデートの約束なんかをしてしまった。それが間違いだった。既定事項が如何こうだとか、死人が何だとか、壊れたとかそんなものは全部顧ずに、初心を貫けばよかったのだ!
「ああっ、あぁ、はぁっ、はっ、はっ……」
 自分の口から漏れる音が五月蝿い。
 何時の間にか呼吸が荒く早く浅くなっていた。
 感情が昂って過呼吸を引き起こしたのか……。大丈夫。落ち着け。落ち着くんだ。ゆっくりと息を吸い、吐く。吸って、吐く。
「はぁっ、はぁっ、はっ、は、は、……、あ?」
 何度か繰り返して、ようやく鼓動は規則正しいリズムを取り戻した。
 それと同時に不意に感じたおかしな感触に、俺は顔に手をやった。
「……?」
 指に感じる、違和感。 
 温かい。何だろう――何て怪訝に思わなくても良い。分かってる。気が付かぬうちに、俺は泣いていた。涙を流していた。
 ここ数日のうちに溜まりに溜まった色々な邪悪で吐き気を催す陰鬱な感情が、とうとう溢れてしまったのだ。
「あ、あぁぁ……」
 涙に送れて、嗚咽がこぼれ出た。止めようとしても無駄だった。理性じゃない。本能だった。
「う、うあぁ、あぁぁぁあ」
 一度決壊したダムの崩壊は止まらない。心が酷く寒い。思わず肩を抱いた。がたがたと体が震えるていた。
「あっ、あうぅ、はっ、はる、ひぃ」
 涙と一緒に、ずっとつっかかっていた心のもやもやとした蟠りが晴れて行く。
 どうしてあんな事をしたのか……。
 色々と疑って、疑心暗鬼になって朝比奈さんの首を絞めるような事をしてまで知りたかったそれ。
「ぐぅ、うぅ、うう、うぁあ、あっ、ああぁ」
 その理由を……俺は最初から知っていた。分かっていたんだ。
 一昨日のあの時にもう、俺には無理なのだと悟っていた。
 俺の名をブツブツと何度も呟いているアイツの姿を見て、俺はこの場を収めるくらいには何だとかくだらないことを考えた。けれど違う。違うんだ。結局はアイツから離れられなかったのだ、俺は。心の底からアイツを怨めていなかった。嫌いになれていなかった。だから中途半端な事をして、最悪最低な道筋に迷い込んでしまった。もう抜け出すことのできない、堅牢の中に。
 そうだ。とどのつまり、俺が弱かった、ただそれだけの事。
 ただそれだけの事で、ハルヒは壊れて狂ったのだ。
 すまないと思う。ざまぁみろと思う。矛盾した二律背反は、整理など出来ない。
 どちらも本心で、どちらも嘘だからだ。俺もどうにかしている。いや、一番頭がオカシイのは俺なのかもしれない。

 だって俺は、どうしてアイツ等の事を嫌うようになったか、そのきっかけさえ思い出せない。
 小さな事の積み重ねだったのか。何か決めてとなるトリガーがあったのか。
 そんな事さえも、不確かなんだ――

「……」
 どれほどむせび泣いていたか、ワカラナイ。
 ホントウの俺がワカラナイ。
「……」
 空気が漏れるような音。俺のの呼吸音?
「……」
 頭痛がする。体がだるい。重い。寒い。心が軋む。ぼやけた視界は曖昧模糊で、まるで弱視になったみたいだった。
「……」
 胎児のように、体を丸めた。きつく自分の体を抱きしめた。爪が食い込んでイタイような気がした。
「……っ」
 窓の外、遠く向こうで何かが光った。
 遅れて轟く雷鳴。びくりと肩を震わせた。瞬間の後、滝のように一気に街に打ち付ける豪雨。世界を黒く塗りつぶす斜線、斜線、斜線。大きな雨粒が、屋根やアスファルトや車のボンネットにぶつかって些か耳障りな雨音を奏でている。
 錆びた匂いが鼻をつく。ずずず、と洟を啜り上げたところで、もう一度雷鳴が轟いた。
「……ぅ」
 その轟音に重なって、懐かしい声が聞こえた気がした。
 俺を励ますような、急かすような、とにかく行動しないといけないと駆り立てる声だった。

――   !

「あぁ……」
 もう一度声が聞こえた。確かに聞こえた。今度は届いた。
 誰だろう。俺の名前を、そんなに楽しそうに呼ぶの誰だろう。
「……そうだな」
 きっと、それは俺のとても大切な人の声だったのだ。
 何時の間にか体の震えは止まっていて、寒気も無くなっていた。呼吸も落ち着いて、頭はまだ胡乱としているが、普通に思考を出来るくらいにはなっていた。
「駄目、だよな」
 そうだ。このままじゃ駄目だ。と、そう思う。
 徐々に世界が鮮明になっていく。
 降って湧いたようなその気持は、丸出しの本心なのかもしれないし、違うかもしれない。
 ただの同情や憐憫や偽善かもしれない。好奇心なのかもしれない。複雑すぎる感情を的確に表現する語彙を俺は持たず、しかし確かなのは「このまま」では駄目だという気持。
 そうだ。だから確かめよう。行こう。今日はそれにだけでも、けじめをつけるのだ。

――死人のような顔をしていたハルヒ。アイツがあの後、どうしたのか。それを確かめる。

「……っ」
 目をがしがしと擦ってから、重い体を叱咤して、ベッドから跳ね起きる。
 雨が降って寒いから、少し厚着をして行こう。時計に目をやる。午前九時半。一時間以上もベッドの上でうだうだしていたらしい。急ごう。早ければ早い方が良い。
 念のためにと置手紙を机の上に残して、俺は家族に気づかれぬように家を出た。
 携帯を捨てるんじゃなかったと、今更ながらに後悔しつつ。そして、先に電話をかけておけばよかったと後々後悔することになると知らずに……やっぱり、上手く行かないな。


 外の冷たい空気で呼吸しているうちに、頭はすっかり元に戻っていた。どうしてあんなに泣いてしまったのか不思議に思うくらいにだ。つき物が落ちたのか。そこまで行かないか。証拠に、俺はまだ陰鬱なよくない物が心に溜まっているのを、確かに感じている。
「ふっ、ふっ、はぁ」
 傘を片手に自転車を漕ぐなんて危ないことをしつつ、アイツの家までやって来た。
 直接赴いた事は無かったが、同じ市内だ。家にあった連絡網から住所を調べて、思いのほかスムーズにたどり着くことができた。
 住宅地にある、ごく普通の一軒家だった。阪中が住んでいるような豪邸を何故か想像してしまっていたので、少々拍子が抜けてしまう。なにせ本当に普通だったから。……いや、アイツも阪中の家を見て豪邸だと驚いていたか。庶民なんだ。なら、その当たり前の普通という幸せを享受して生きていれば――なんてどうしようも無いことを考えても意味がない。
 頭を振って躊躇いを払い、意を決した。
 引き返しそうになる体を叱咤して、インターホンに手を伸ばす。電子音が鳴った音は雨音で聞こえなかったが、人が動いた気配は伝わってきた。
「――はい、涼宮ですが」
 暫くして聞こえてきたのは大人の女性の声だった。母親さんだろう。かつぜつの良い、雨に負けじとよく通る良い声である。……母親似なのかな、アイツは。
「どちらさまでしょうか?」
 こほん、と小さく咳払いをする。詰まりそうになる喉の通りをよくして、自転車に乗っている間に練習した台詞を引っ張り出してきた。
「休日に突然すいません。自分はハルヒさんのクラスメイトの……」
 自分の名前を告げた後、ハルヒが在宅かどうかを訊ねる。
 どうしても会わないといけない用事があるんです、と。
「あら? するともしかして貴方がキョンくんかしら?」
「はい。そうですけど……あの、どうして」
 渾名を知ってらっしゃるのだろうか。 
「娘がね、よく話してくれるの」
 インターホン越しに聞こえてくる機嫌のよい声に、俺の方は気まずくなる。
 頭が痛くなった。いったいどんな風に俺の事を喋ってくれていやがるんだ、ハルヒよ。どうせロクでもない風にだ。面白くないだの、最近では優しいだのなんだの。……まったく。忌々しいことこの上ない。
「はぁ……。あの、それでハルヒさんは?」
 漏れそうになる舌打ちを我慢して、再度訊ねた。軒先とはいえ雨の中立ちっぱなしというのも辛い。声が不機嫌になっていなかっただろうか?
「……」
 と、どうしてか沈黙が帰ってくる。
 ……何だ? どうして黙ることがある。在宅がどうかを訊ねただけじゃないか。答え辛いことでもないだろう……いや、もしかしてアイツが母親に俺が来ても取り次ぐなとかそういう風に手を回しているのだろうか。もしくは、母親さんに連絡もなしに急に休日に訪ねてきた男ということで不評をはくしてしまったとか。
 五秒、十秒、と沈黙が続く。さて、どうするか。とりあえず俺の方から出直しますだのなんだのと声を出そうかと考えたその時である。酷く気落ちした母親さんの声が聞こえてきた。
 その言葉を聞いて、俺は確かに血の気が引くのを感じた。衝撃に傘を落としそうになるのを堪えるのが困難だった。

「……ハルヒね、昨日から家に帰ってきてないのよ。連絡もないし、携帯にも出ないし……キョンくん、何か知らない?」

 親子そろって渾名で呼ばれるのかとか、そんな下らない事は本気でどうでも良い。
 俺は「本当なんですか!?」と問い返していた。しかし、帰ってきた答えは同じものだった。
 ていの良い嘘で俺を追い払ったりする気が母親さんには全く無いということが、その声音に含まれた心配や恐怖の感情からひしひしと伝わってきていた。もしも演技だとしたらアカデミー俳優も吃驚だ。本気で音信不通で家に帰らぬ娘を心配している、一人の親の声だった。
「あの子のことだから大丈夫だとは思うんだけど……」
 本当なんですか!? と問い返した俺に心当たりが無い事を悟った母親さんは、自分を励ますようにそう言った。
「俺っ、探してきます!」
 今日中に何も進展がなければ警察に届けるのだという母親さんの返事を待たずに、俺は踵を返していた。こんな雨なのに何とかと、そう呼び止めるような声が聞こえたような気がしたが、それ以上じっとしてはいられなかった。


「……何、やってんだよ!」
 強くなってきた雨の中、殆ど役割を果たさない傘をそれでも片手にして、自転車を漕ぐ。
 遠くでまた一つ雷が鳴った。雨はまだまだ止みそうに無い。背筋に走った悪い予感――連絡も無く家に帰らぬハルヒ。狂気の表情に、殺してやるという言葉。そして死人のような顔。自暴自棄になって、狂ったハルヒは朝比奈さんを――が現実のものにならぬように……いや、なっていない事を祈りながら、ペダルを漕ぐ足に力を込める。
 顔にきつく雨がぶつかってくる。だからどうした。
 急げ急げ。もう手遅れになっているかもしれないが、それでも急げ。
 この雨でも熱心な屋内系の部活は練習をしているだろう。門は開いてる。とりあえずは学校に行こう。ハルヒと朝比奈さんを最後に見た場所だ。俺の心当たりはそれくらいしかない。情けない。でも急いで行かないと。もし何か”いやなこと”があたっとすれば、何か痕跡が有るはずだ。有るな。有るなそんなもの。
「……くそっ」
 頭の中がぐちゃぐちゃだ。大混雑して、上手く思考を纏めることができない。
 それでも体は動く。乗り捨てるようにして自転車から降りた。律儀に鍵をかけてしまう自分を恨めしく思いながら、既に疲弊している足を我武者羅に動かして坂を上る。門は開いていた。駆け込んだ。休んでいられない。何時の日だったか、その場所へ赴くのは帰巣本能に近いものだと自分で皮肉ったことがあった。忌々しい習慣が今は役に立つ。頭とは裏腹に、体は職員室でなかば盗むようにして鍵を拝借した後、部室への最短ルートを走っていた。
 そして、ほどなくしてたどり着く。
 窓ガラスを叩く雨音。遠くから聞こえてくる吹奏楽の下手糞なラッパ。無茶な運動の所為で悲鳴を上げる肺に酸素を送り込みながら、俺は荒れ狂う心臓が落ち着くのを待つ。
「はっ、はぁ、は……」
 この扉の向こうに、何があるのだろう。
 何も無ければ良い。ハルヒは長門か誰かの家に遊びに行ってそのまま泊まって、たまたま連絡を忘れていたとか、そんなオチが良い。
「はぁ、はぁ、はっ、あ……」
 むしが良すぎる話か? そんなことは無いだろう。無いはずだ。
 だから、何も”有”るな。
 そう強く祈りながら、扉を開錠した。かちり、という間抜けな音。緞帳は上った。緊張を沈めるのは無理だ。
 一歩を踏み出す。挫けそうになる心に、ムチを入れる。
 そして、
「――っ!」
 せめてもと歯を喰いしばり、俺は勢いよく扉を開けた――。
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by kyon-haru | 2006-11-12 05:14

相性占い


 ハルヒが皆をパソコンの近くに呼び寄せて、いったいなんだどうしたと思ってみれば、
 ウェブ上で出来る相性占いをやってみよう――いや、やるのよ! という事だった。
 まぁ暇潰しにはなるか。付き合おう。どうせ俺以外の三人は辞退なんてしないし。

「じゃ、まずはキョンと有希ね」
 かたかたかた、とハルヒがボードを叩いて俺たちの生年月日――長門のは日付以外は勿論捏造ではあるが――やらを入力していき、結果は、
「――二人の相性度は70%。まわりもうらやむ熱々カップルレベル」
 ……結果は、モニタに表示さらた数値を見るなり黙り込んだハルヒに代わり当人の長門が読み上げた。
 そして長門はモニタから俺に視線を移し、微かに目尻を下げ口元を緩め――確かに微笑んだ。危うく見惚れるところだったぜ。スマン嘘。ちょっと見惚れた。
「あー何ていうか……、長門、これからも宜しくな」
「そう」
 ハルヒが黙り込み、古泉が冷や汗を垂らし、朝比奈さんがぷぅーっと膨れ面をしている理由は分からないが……うん、正直、照れる。

「次ッ! キョンとみくるちゃんよ!」
 沈黙していたと思ったら雄叫び一線。ハルヒはガタガタとボードが気の毒なほどに荒いタイピングで朝比奈さんの生年月日――勿論本来のものではなく擬装の為のものだろう――を入力し、結果は、
「えーと、二人の相性度は80%。……お、おしどり夫婦レベル、ですかぁ」
 ……結果は、また黙り込んだハルヒの代わりに当の朝比奈さんが照れつつ読み上げた。
 そして「夫婦だなんて、そんなぁ」と頬に手を添えて桃色の歓声を上げつつ、ちらりと俺を見て目が合うと、「ふみー」なんて言いつつ顔を赤くなさるものだからこっちから視線を逸らしてしまうだろう普通。可愛らしすぎて正視に耐えない。しまったカメラがあれば。
「キョンくん。ふ、ふつつかものですが、これからも宜しくお願いします」
「え、えぇ。こちらこそ」
 ハルヒが黙り込み、古泉が半べそをかき、長門が暗黒面のフォースにとらわれたような無表情をしている理由は分からないが、……うん、正直嬉しいです。


「一応私とキョンもやるわよ! 流れで一応ね! これ重要っ! その辺理解してよねキョン!」
 うががーっ!
 再び沈黙していたと思ったら、大口径の大砲の砲撃音のような喚声を上げ、ハルヒは俺をずびしと指差した。指の先から霊力の丸い塊りが発射されそうで思わず身構えてしまうほどの指差しだ。
 某うらめしな人は銀河の彼方に置いておくとして、どうして不機嫌なんだハルヒ。あといったい何が重要なのか教えてくれ。俺は何を理解したら良いんだ。
 ……などと言おうものならややこしい事になりそうなので黙っておくことにする。
 ハルヒはパイルバンカーの如く勢いでボードを殴りつけるように自分の生年月日を入力していき、結果は、

「二人の相性度は120%。何度生まれ変わっても必ず、む、むむむ結ばれる運命にある奇跡のレベル……」

 ……なんていうか物凄い事が書いてある結果は、ハルヒがゆでたタコに赤いペンキを塗りたくったような顔でどもりつつしずしずと読み上げた。
 そしてブリキ人形のようなグギグギとしたぎこちない動きで、髪の毛をかきあげると、
「な、何よこれ。こ、ここ壊れてるんじゃないの、あ、あはは」
 そう言って無理矢理気味に笑ったが、俺も他の誰も笑わなかった。
 ただ古泉だけがあからさまに安堵したような溜息を吐き、胸を撫で下ろしていた。
「……えーと、ハルヒ」 
「な、なによ」
 そんな顔や眼や声で凄まれても背筋がぞわっとなるくらい可愛らしいだけで迫力皆無だぞ。正直現在進行形でぞくぞく来てる。
 なんて骨が融けそうな台詞なんて言えるはずもなく、

「俺って運命とか奇跡とか、そういうの信じる性質なんだ」
 
 俺はハルヒにそれだけ言うのが精一杯で。
 長門が無表情でハードカバーの本をへし折ったのにも朝比奈さんが笑顔ででかい舌打ちをしたのにも気がつかなかった。……うん。幸せなのか不幸なのか分りません。
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by kyon-haru | 2006-11-09 11:46