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南国のみくる伝説

 さすが機関ですね。南の島に保養所を持っているなんて。
 というわけで古泉パワー炸裂のSOS団イン南国リゾートである、
 瀬戸内のこてっちゃんが浮いてるような汚い海じゃない。渋く黒くうねる日本海じゃない。
 白い砂浜。透き通る海。エメラルドグリーンのフィルター越しに見えるは見事な珊瑚礁に、見たこともない熱帯魚たち。
 旅行会社のパンフレット曰く「この世の楽園」だというこの島だが、まさにその謳い文句がぴったりのロケーションだ。
 泳ぐもよし、フィッシングに勤しむもよし、ぶらぶらと散策するもよし、マリンスポーツよし、日向ぼっこよし。
 何をするか迷うってもんだぜ。迷って迷って結局は水着姿の女神様に目を癒してもらうことからはじめた――のが原因で、
「……泣きたい」
 みくるちゃんを視姦するなつってんでしょこのケダモノ!
 と怒り心頭な団長様の号令一過、古泉と長門の手で俺は砂浜に首より上だけ出して埋められてしまった。
「……」
 照りつける太陽が憎憎しい。さっきまであんなに気持ちよかったのに、今はもう俺を嘲笑ってるとしか感じられない。
 砂に埋まるは埋まるでダイエットとか岩盤浴的な意味はあるんだろうが、だからといって楽しいはずがない。
 楽しそうなみんなの笑い声だけが聞こえる。泣きたい。そんな俺を慰めるかのようにちっこいカニがやってきて、耳をはさんでいった。
「ほんとに泣けてきたぜ……」
 いてえ。いてえよ。悲しいよ寂しいよ。そしてむかつくよ。
 ちくしょうハルヒめ。横暴にもほどがある。古泉も長門もほいほい何でもいう事聞いてんじゃねえよ。
 俺が砂という檻を破った時がおめえらの最後だ。せいぜい今のうちに楽しんでおくんだな……!
「大丈夫、キョンくん?」
 ふひ、ふひひ、と黒い笑みと想像で気を紛らわしていると、燦燦とした日光がふいにさえぎられた。
 天気の良い日に車を運転していてトンネルに入ると一瞬目が見えなくなる。それと同じ原理ですぐには姿を瞳に映せなかったが、声だけで分かるってもんだ。
「朝比奈さん?」
「ごめんね。あたしのせいで……」
「いえ、朝比奈さんのせいじゃないですよ。俺……じゃなくてハルヒが悪いんです。あいつ、暑いもんだから興奮してるんですよ、きっと」
 目が正常に機能しだして、ちょっとだけそのエテモンキーなハルヒに感謝したくなった。
 正座した朝比奈さんは、両手をついて俺の顔を覗き込むように上体を前かがみにしている。
 つまりだな――たわわなスイートもとりフルーツが二つ、重力に従って俺の顔に落ちてきそうな感覚であってだな。
「……っ」
 思わず唾を飲み込んでしまった。頬が赤いのは日光に照らされ続けたからですと誰かに言い訳をしていると、
「あ、キョンくん。喉かわいてるんだ。そうだよね、砂に埋まってずっとお日様にあたってたんだもんね」
 ちょっと待っててね、と天使様は軽い足取りで俺から離れていった。
 確かに喉は渇いてた。何せ朝比奈さんの言うとおり、かれこれ数十分はこの状態なのである。
 まさかおっぱいに興奮して唾飲み込んだなんて言えないし、ここはお言葉に甘えて水分補給させてもらおう。
 再びやってきたカニに気合全快のメンチをきっているとこちらも再び日光がさえぎられて、
「おまたせ、キョンくん」
「お、ありがとうございます」
 朝比奈さんが微笑みとともにずずいと水滴したたるコップを差し出してくれた。
 海の色と同じ液体。氷が浮かぶそれは島原産のフルーツを絞ったもので、観光客に人気だという説明を聞きながら、
「……えーと、どうやって飲めばいいんですかね、はは」
 この状況じゃそんなもん一つしかねえだろという心の悪魔の声を無視して、俺は苦笑いを浮かべた。
 缶詰を用意してたはいいがいざ食うとなった時にカンキリが無いことに気がついたような顔で朝比奈さんはあちゃ、と頭をこつんとたたき、
「え、えーと、キョンくんが嫌じゃなかったら飲ませてあげるね」
「お願いします」
 そんな仕草をされたら是非とも、とコンマ一秒で答えるに決まってる。
 高笑いを浮かべる心の悪魔をぶん殴りつつ、そろそろと丁寧に俺の口元にコップを近づけてくれる天使に見ほれ――たのが悪かったんだろうね。
 今日はこんなんばっかりだな。どうやら俺も暑さに頭も体も心もやられてしまっていたらしい。
 最初の一口は上手に飲むことができたが、二口三口と続いたもんだから、俺は堪らず咳き込んで、
「げほっ、ごほっ」
「ひゃ、わ、ごめんね、ごめんね!」
「い、いえっ、俺がっ、げほっ、わるっ、ごほっ」
「うぅ……大丈夫? ほんとにごめんね……」
 驚いた朝比奈さんの手からコップを落とし、ジュースをぶちまけ眉毛を八の字にしてしまった。
 あぁ、なんてしょんぼりした顔。せっかく優しくしてくださっているというのに申し訳ない。ジュースくらいまともに飲めよ俺。
 ――つうかやっぱり遠くで馬鹿騒ぎしてるあの三人が悪いだろこれ。
 そもそも俺を埋めたりしなけりゃ咳き込むことも朝比奈さんをしょげさせたりすることも無かったんだ。
 やっぱりあいつらの最後は近いようだぜふひ、ふひひ……とまたもや黒い想像をしていると、何故か決意に満ちた視線が俺を捕らえていて、
「きよ、きょ、キョンくん! あのね、あたし考えたんだけど」
「はい? 何ですか?」
「首だけしか動かせないキョンくんにコップでジュースを飲ませるのは難しいと思うの。だからね、その」
 ちゃんと飲ませてあげられるように、と朝比奈さんは何故か残っていたジュースを口に含み、やおら俺の顔もとい唇に――
「ん」
 ――いや、まさか、そんな、いえ、そこまでして貰わなくても、ていうかあいつらに見られたら。
 とかなんとか、思考が洗濯機の中に放り込まれたみたいにぐるぐる渦巻いている間にもお互いの唇の距離はゼロに近づいていて、
 目を閉じて頬を少しだけ膨らませた愛くるしい顔が視界一杯に広がった瞬間、ゼロを超えてそれはマイナスになっていた。
「ん、っくっ」
 上唇で扇を描くように朝比奈さんが角度をかえて口付けてくる。
 くすぐったさと何とも言えない湿りを帯びた感触に震えていると、唇で唇が開かれて、脳髄に快感を直接叩き込まれるのと同時に液体が口内に流れ込んできた。
 甘い、と本能が訴えた。そうだな、と理性も同意した。ジュースの味だけじゃない。朝比奈さんの唇が、液体を押し込もうと懸命な舌が。
「ちゅ、ん、んくっ」
 零れないようにと深く繋がったのに、それでも唇のすきまから少量零れていく。
 俺の顎のラインを伝って首筋へ。背筋が震えたのは冷たさだけじゃなくて、もっと別の何かのせいだ。
 もったいない。全部飲みたい。もっと飲みたい。
 馬鹿みたいにそれだけを考えて喉を動かした。口が出来る全部を使って吸い付いて吸い付いて、耳朶に「んんっ」という甘い息が聞こえたころには、
「んちゅ、ちゅる、ん、んんっ」
 もうとっくにジュースは俺の胃袋に叩き込まれた後で、ならば今口内に溢れている液体はなんなんだろう。
 何もくそもない。これは――朝比奈さんの唾液だ。甘いから区別しずらかった。
 体が動かせないのが酷く悔しくてもどかしかった。垂れ下がった髪の毛が頬をくすぐり、現在俺が世界にさらしている全てが朝比奈さんに包まれている。
 抱きしめたいなぁ、ちくしょう。そう出来ないのはやっぱりハルヒたちのせいで、こうしてキス……じゃなかったジュース飲まして貰ってるのはハルヒたちのおかげ……なんだろうか。
「ちゅむ、あ、ふぁ……」
 唇が離れる。逢瀬を名残惜しむようにゆっくりと閉じていた目を開けると、
「……うふふ、おしかった? キョンくん?」
 一発で熱病にかかってしまいそうな、妖艶でとろけそうな朝比奈さんの笑顔。
 砂なんかに負けてたまるか、圧力なんぼのもんじゃい、と海パンの中で暴れまわるジョンを意識しながら、
「……ええ、とっても」
 それだけ答えて、俺は南の島に来てよかったなー、埋まってよかったなー、と今更ハルヒたちに感謝するのだった。



「キョンー! 喉渇いたでしょ、ほら、ジュース恵んでやるわ……って、あんた顔まっかっかよ? 日焼け?」
「あぁ……そんなようなもんだ」
「ふーん。顔だけ真っ黒ってのも間抜けだし、そろそろ出してあげよっか? その代わりもうスケベな目するの禁止だからね!」
 わかってるさ。でもな、その前にジュース飲ませてくれないか。その……出来れば、零れないように。
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by kyon-haru | 2007-07-15 15:55

未来ハルヒ

 朝起きたらどえらいポニテ美人が俺の顔を覗き込んでいた。
 ちょうどハルヒを外見だけは正常に成長させたような顔つき。見るからに大人な妖艶な唇にどっきりしちまって、俺は再び目を瞑った。きっとこれは夢だ。
「二度寝すんな!」
「うぉっ!」
 夢じゃなかった。どえらい美人さんは誰かさんみたいな元気のよさで布団をひっぺがし、俺は慌てて跳ね起き朝でおっきな息子さんを手で庇う。
 羞恥に縮こまる俺を何故か美人さんはにやにやとした表情で見つめ、
「ねぇキョン。あたしが誰だか分かる?」
 再び誰かさんみたいな様子でそんなことをおっしゃる。
 ――凄く嫌な予感。
 その予感を現実のものにするのは忍びないが、また事件ですね、と観念しつつ答えを口にした。
「……ハルヒ?」
「そ。正確には未来のあたしってことになるかしら。んーと、六年くらい?」
 ってことはちょうど大学を卒業したあたりの年頃か。
 こりゃ今のうちに唾をつけて置くのも悪くないかもしれん、と邪な段取りをこさえつつ、俺は驚いていた。ハルヒが未来だの何だの言っている。
 つーことはつまり、
「もしかして長門や古泉や朝比奈さんの正体を知ってるのか?」
「ええ。あたし自身の変てこな力のこともね。弱まってうっすらしか残ってないみたいだけど」
 そういうことだよな。
 ハルヒが自分の力を自覚しても別段問題がないと今の時代の皆に聞かせたら安堵するだろうし、俺の気苦労も大分減るのだが、そうそう上手い話なんてあるはずもなく、
「あたし結婚してさー。みくるちゃんからのお祝いでこの時代に来させてもらったの。禁則事項がなんだのはめんどいから有希にお任せしたわ。あたしが帰る時にそのへん全部直してくれるらしいわ」
「ふむ」
 となると俺の記憶なんぞいの一番に弄られるわけか。そいつは少しばかり残念だが、仕方のない話だろう。タイムパラドクスうんちゃらを起こすわけにもいかないしな……で、それよりも重要なことを今ハルヒは言ったぞ。
「結婚って誰とだよ。どうせ記憶消されるんなら教えてくれ」
 ぜひぜひその物好きで苦労好きな不幸な男のことが知りたい。
 好奇心一杯の俺のきらきらした瞳を受け止めて、――ハルヒは何故か照れだした。心なしか俺を見る視線に熱が篭っている気がする。頬なんか染めちゃってお前そんなキャラじゃねえだろと突っ込みを入れたいがそんなハルヒは反則的に可愛くって、
「プロポーズはあんたからだったわ」
 うっとりとした口調でそんな事を言われた俺は、遠くない未来お脳の病気にかかることを知って戦慄に背筋を振るわせた。
 先ほど打ち立てた段取りを速攻でぶち壊し、助けて長門助けて古泉助けて朝比奈さん、と祈る俺に大人ボディのハルヒがしなだれかかってきて、
「あぁーもう駄目っ! 若いキョンかあいいー! ……ね、ちゅーしてもいい?」
「ほあああああ!」
 甘いかおりとやわっこい体で包み込み、頬をすりすりしやがる。
 ハルヒは発情期の猫みたいに興奮した顔でキスの許可を得んとするが、流石にこれは不味いって非常に不味いってだからおことわ――
「んちゅ」
 ほあああああああああ!
 唇を重ねた勢いでベッドに押し倒された俺はハルヒを押し返そうとしているつもりなのだが、実際には指先をぴくぴくさせるだけだった。口の中にぬるぬるしたざらざらが侵入してきた瞬間に俺の反撃ポイントはゼロになりました。
「はむ、ん……ちゅっ、ちゅる、んちゅ」
 完全完璧に大人のキスだった。
 これが口の中を犯されるってことなのね、と一瞬でふやふやにとろけさせられた頭でぼんやり思う。口内の音ってすげえ耳に響くんだなーハハハ。ちゅぴやらぴちゅやらくぐもった水音は異様にいやらしくて、恋人風俗の人がキスだけはお断りするのにも納得である。なんだそりゃ。
「んはぁ」
 日本の性風俗文化に対する見聞の広さを披露している間にキス地獄は終わり、ハルヒが唇を離した。まともに思考回路が働いていないのでそれがどの程度の時間だったのかは分からないが、潤んだ瞳で上気したハルヒの顔は法律に触れるんじゃないかと心配してしまうくらいけしからんの極みで、特に唾液でべたべたになった唇と口周りなんかは完全に違憲である。
 違憲歓迎。文句をいう政治家がいたら殴ってやる! と息を荒くする俺よりも更に荒くて熱くて湿った息をはきながらハルヒは、
「いつもは上下逆だから新鮮だわ。はぁ……んもう、かあいいったらないわね、キョン。んんー、その純真で初心そうな顔と反応、ほんとにキョンなの?」
 でへへ、えへへ、うふふ、ぐふふ、と様々な笑みを浮かべながら、んなこと聞かれたってどうしようもない事を尋ねてくる。 
 けれどただ一つ俺から言えることがあるとすれば、
「はっ、はぁ……おい、ハルヒ」
「なぁに? もっとしたい?」
「……あ、う、いや、てめっ、おんなじ俺でもな、こ、これって浮気じゃないのか」
 何時の間にか両手が頭の上で手首を合わせるようにして拘束されていて、ハルヒの空いている方の手が股間あたりをさわさわしているのにぞっくぞっくしつつ、言う。
 上手いこと言ってやったと我ながらピュアな自分に満足していると、
「ききき、キョン! あんたわざとそんなかあいい事言ってあたしをさそってんのね! そうなのね! きゃーっ、もう無理。ごめんね。有希に頼んでちゃんと童貞にしといてもらうし、天井のしみを数えてれば終わるから! ここまではしないつもりだったけど、結婚祝いだしいいわよね! んちゅうー」
 ほああああああああああああああああああ!
 大人になってもやっぱり頭の螺子が何本かぶっ飛んでいるハルヒが再び貪るように唇を重ねてきて、俺の意識はいい加減霞がかかったようにうっすらと――
 
 ………………
 …………
 ……

「毎年結婚記念日になるとな、こう、首筋のへんがぞわぞわするっつうか……」
「へ、へー。ふふふ不思議なこともあるもんねー」
「何でどもってる上に棒読みなんだお前」
「な、なんでかしらー。あは、あはははは」

 どっとはらい。
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by kyon-haru | 2007-07-12 02:47

ポニー・ザ・クインテット

 ハルヒはのっしのっしと横綱みたいな歩調で団長席に赴き、土俵から転落したような勢いでどがっと腰を下ろした。額に青筋ぶったてたまま。うーん、血圧高いのかこいつ。でも笑顔だしなぁ。
 鶴屋さんはそんな妙ちくりんなハルヒの形相に吃驚していたのか、数秒間活動を停止させてから、
「ハルにゃんちーっす! 髪型どうしたの? イメチェン?」
「そんなところかしら? ゆーっくりしていってね」
 聞いてるこっちまで元気になるような声で言う。
 そんな鶴屋さんに答えつつハルヒは「元祖」と書かれた腕章を装着しだしたが、いったい何がしたいのやら。
 てか、やべ。まだ簡易ポニーテールしたままだった。すんません、鶴屋さん。
「良いよっ、気にしないで!」
 心が広いお方である。どうもありがとうございます、はい。
 また髪の毛にごみが付いたときは俺が颯爽と駆けつけますんでご安心を。
「あははっ、ありがと」
「何バカなこと言ってんのよキョン。ほら、あたしにもお茶淹れなさい」
「おう、いいぞ」
 今日はラッキーデーだな。鶴屋さんといいハルヒといい見事なポニーテールだ。眼福眼福。
 というわけで俺はすこぶる機嫌が良い。お茶くらいなら幾らでも淹れてしんぜよう。
「ほら、お前の好きな熱湯のような熱めだぞ」
 火傷すんなよ、と机に置いてやると、ハルヒは眦をひくひく痙攣させながら俺の顔をじろじろと凝視した。
 何だ? 何かついてんのか?
「別に」
「そうか。じろじろ見るもんだから鼻毛でも出てるんじゃねえかと思ったぜ」
「出る心当たりがあるのね……。っていうか、あんたこそあたしの事さっきからじろじろと。言いたいことがあるんなら迅速にはっきりと言いなさいよね」
「はぁ?」
 いや、そんなこと言われても別に見てるつもりは無かったんだが。
 だが……そうだな。こいつの馬の尻尾に僅かでも見とれていた時間が無かったと言えば嘘になる。女は視線に敏感だというし、それを感じ取られたんだろう。言いたいこともまぁあるにはある。普段ならこんな台詞面と向かって言える俺じゃないが、この機嫌なら言えそうだ。さっき鶴屋さんにもっと恥ずかしいことベラベラ言っちまった手前、今更っちゃ今更なんだが。
 というワケで何故かそのしっぽを何度も手櫛でさらさらと執拗に梳きながら流し目らしきものを送ってくるハルヒに、
「いや、やっぱ似合ってるなと思ってさ」
 何の衒いもなく本心で思いのたけをぶつけてみた。
 毎日それにしてくれたらもう少しお前の我侭に対する俺ハードルを下げてやっても良いのになぁ、と風に揺れるポニーにうっとりしていると、ハルヒは「ふ、ふぅん」と詰まらなさそうに呟いて、首ってそんなに曲げたら骨折れるんじゃねえかと心配させるような角度でそっぽを向く。
「どうした? 首でも凝ってんのか?」
「凝ってない」
「じゃあどうしたんだ」
「何にもない」
 何にもないのに首曲げギネス記録に挑む人間がいるだろうか。ハルヒなら暇だからという理由でやりかねんが、人と話してる時にせんでも良いだろうに。まぁ、別に構わないけどさ。
 逆側にも捻らないと関節に悪いぞ、と注意してやろうかどうか悩んでいると、
「……もっと言いたいことあるんじゃないの?」
 やの明後日を向いたままハルヒがぼっそりと呟いた。
 いや、別にもう無いぞ。
「本当に? 強いて言えば、とかそれもないの? あるでしょ、ありなさいよ」
 無茶苦茶だ。何なんだよまったく。
 やれやれだぜ、と肩を竦めたところで気がついた。ハルヒの野郎耳たぶの端っこがまっかだ。……なるほど、照れてやがるのか。文化祭の時しかり感謝されたり褒められたりするのに慣れてねえもんなぁ、こいつ。
 見えないハルヒの顔は今むにゅむにゅと慣れないこそばゆさに緩んでいるに違いない。で、もっと言うことあるでしょ、という先ほどの言葉。つまりもっと褒めて欲しいと、そういうことか。
 それくらいなら安い御用だぜ。だがしかし、鶴屋さんに聞かれたら流石にこっぱずかしいので、ハルヒにだけ聞こえるように声量を調節して、
「毎日それにしてくれたらもっと我侭聞いてやってもいいぞ、ってくらい似合ってるし俺の好みだ」
 言い終わってから俺の願望と個人的意見なだけで褒め言葉になっていないじゃねえかということに気が付いて焦ったが、そんな危惧をよそに、
「へ、へえぇ。あ、あんたがそこまで言うんなら? ま、考慮するくらいはしてあげてもいいけど?」
 ハルヒはというと、耳を絵の具の原液ばりに赤くして両足をばたばたばたばた! とさせ出した。
 うっすら見える顎のラインが超振動している。照れるにもほどがあるだろ。俺もちょっと恥ずかしいけどさ。
 前に回りこんで今のハルヒの表情を激写したい衝動を抑えるのに苦労していると、そんな不器用団長を見守りながら饅頭を齧っていた鶴屋さんがやおら、
「ね、ねっねっねっ? ゴム紐余ってたら貸してくれないかなっ?」
 そんな意図の見えないことをおっしゃった。
 ゴム紐ゴム紐、と頭の中で部室内を探索しつつ振り向く。
「ちょっとまってくださいね」
 そしてちょうど鶴屋さんと向き合ったところで、探索が完了した。確か朝比奈さんのコスプレ衣装がかけてあるハンガー横の、この物入れで見た記憶が……、
「ありました。はい、どうぞ、鶴屋さん」
「ありがとねっ」
 ゴム紐どころか艦載機を固定するバンジー紐だって探したい気分になるような笑顔で鶴屋さんはそれを受け取り、さて一体何をするのかな、と見守る俺の前で髪の毛をうんしょうんしょと束ねはじめた。
 長いし多いしさらさら指から抜けるから大変そうだな……じゃなくて、あなた、もしや! と戦慄に震える俺を何故かによによと見つめながら、鶴屋さんは満点をとったテストを親に見せる小学生のような晴れやかな笑顔を浮かべて、
「じゃっじゃーんっ! どうにょろーキョンくん? めがっさ似合ってるかなっ?」
 そんな答えなんか分かりきってるでしょな質問をぶつけてくる。
「え、あ」
 ええ似合ってます。似合ってますともそれはもう。額に入れて床の間に飾っておきたいくらい似合ってます。野球大会の時はヘルメットやら帽子やらが邪魔でしたけど、今はそれも無くてなんつうか感動です。
「えっへっへー! ありがとねっ!」
 パリコレのモデルのように見事なターン。一拍遅れて付いてくる馬のしっぽがきらきら輝いて俺のハートをわしづかみだ。
 バキッ! と木の板が折れるような音を残して鶴屋さんが着地する。
 いや待て。……バキッ? 空耳か? いや、なんかハルヒの方から音がしたような……。
 確かめようと視線を動かす前に、鶴屋さんは犬歯がのぞくお茶目な笑顔で、けれど少し恥ずかしそうに、
「ねぇねぇ、キョンくん」
「あ、はい。何ですか?」
「あたしが毎日この髪型にしてたら、キョンくんはなぁにしてくれるのかなっ?」
「……さっきの聞こえてたんですか」
 そんなことをおっしゃるもんだから俺の方が恥ずかしいってもんだ。
 ごめんねー風に乗ってきたからー。わざとじゃないにょろよ? というお声とダムッ! と何かを踏み抜く奇怪な音を俯き加減に聞きつつ、……ダムッ? 何暴れてるんだハルヒの野郎。さっきまで照れ照れで耳まっかにしてやがったくせに。
「おい、ハル」
「キョーンくんっ! 目上の人のお話を無視しちゃいけないよう?」
「え、あ……うぅ、すいません」
 いやはや、ははは。やっぱり誤魔化せねえか。ハルヒの音が気になるのも確かだが、つ、鶴屋さん、そんな上目遣いをされても俺は、俺は……っ!
「ほ、ホームラン連発ですかね。サヨナラとか、ええと、逆転とか満塁とか」
「サヨナラは一発しか無理じゃないかなっ? ていうかキョンくん、野球は毎日やらないっさよ」
 そう言われましても、何も思いつかないというか、あぁちくしょう、幸せのような不幸のようなこの状況を誰かなんとかしてくれないだろうか。
「ねぇねぇ? 俺好み? 俺好み?」
「う、うぅぅ」
 ――そんな俺の切実な願いが天に届いたのだろうか。そうだろう、きっと!
 バキッ、ダムッ、ガンッ、バタンッ! 
 という鼓膜と自然に優しくないような音が連続して、再び部室の扉が開かれて、そこには――!

「いらっしゃぁい、鶴屋さん? うふふ、遅れてごめんなさいです」
「……遅れてすまない。掃除当番だった」
「ようこそお出でくださいました鶴屋さん。それと、遅れてすみません。ちょっと野暮用があったものですから」

 いやぁ、ハッハッハッハ! と陽気に笑う朝比奈さんと古泉と、何か目のハイライトが何時もより心持暗い長門が頬を引きつらせていた。三人が三人とも額に青筋ぶったてて。
 そんなSOS団が誇る不思議トリオの髪型は、俺が知らないだけで今日はその記念日だったのかと思うほど見事なポニーテールだった。
 ……いや、長門髪の毛の量が足りてないけど。
 古泉とか男だけど。
 それでも言おう。言っとこう。多分これ一応じゃなくて、義務とか宿命とかそういうレベルの話だと思うのだ。
 
 似合ってるぞ、みんな。
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by kyon-haru | 2007-07-06 06:48