ポニーアンドポニー

 今日も今日とて放課後である。止まない雨が無いように来ない放課後は無いのである。何だそりゃ。
 帰巣本能に従い部室に赴いた俺は少なからず驚いた。
 ハルヒ曰くSOS団名誉顧問なので確実に団員と言えば団員なのだが、何かのイベント事以外ではあまり絡むことの無いその人が一人で部室に居たのだから。
「ちわっす鶴屋さん。珍しいですね」
 こんこん、とノックしてみれば中から返ってきた声が「あいてるよっ!」である。
 相変わらず何時も元気な人だなと思いつつ、扉を開けた。
「ちわっすキョン君!」
 パイプ椅子に腰掛けていた鶴屋さんは、笑顔でしゅたと右手を挙げてくれた。
 朝比奈さんにお出迎えして貰うのもおつだが鶴屋さんでもおつである。でも、というのは失礼か。甲乙つけ難いね、うん。そこに居るだけで他の人に元気を振りまく人なんてそうは居ないだろう。
「何か用事ですか?」
「ううん。陽気に誘われてふらっと立ち寄ってみただけっさ。でも誰も居ないから帰ろうと思ってんたけどねっ」
 キョン君が来てくれてめがっさ良かったにょろよっ!
 と笑顔で嬉しいことをおっしゃって下さる。
「朝比奈さんと一緒じゃないんですか?」
「みくるは先生に呼ばれて職員室に行ってるんだねっ。進路相談じゃないかなっ」
「なるほど。もうじき三年生ですもんね」
 そして俺は二年である。勉強にも本腰を入れないとな、などと考えるとかなり頭が痛い。
 勉強するからという理由でSOS団を休めるとも思えないし、それ以前にそんな理由で俺が休むと言い出す日が来るかどうかの方が疑問だったりするあたりダメダメであるが。
 出来たら一緒の大学に行きたいね。……誰とだって? どうして教えないとダメなんだ? 皆さ。
「それが終わったら此処に来られると思いますよ」
「うん。そうだね。みくるは団活大切にしてるからねっ」
「ハルヒやらもすぐ来ると思うんで、それまでは俺のもてなしで我慢してください」
 喋りつつお茶なんぞ淹れてみる。
 たまにしか淹れない上に男の俺なので味は全く保証できない。申し訳ない限りである。
「どうぞ」
 お茶請けにとハルヒが仕入れてきた――もとい、家庭家部からかっぱらって来た饅頭と共に、湯飲みを鶴屋さんの前にを置く。
「ありがとっ! ……うん。美味しいよっ!」
「いえいえ、お粗末さまです」
 正直自分で飲んでみた感想は美味でもなく不味でもない普通な味だったのだが、満面の笑みで鶴屋さんにそう言われると二口目は一口目よりも格段に美味く感じるのが不思議だ。
 しかし、まぁ、美味しいというのは俺に気を遣ってくれたんだろう。
 色々とお世話になった事もあるし、いや、本当に良い人だな。
「鶴屋さんは進路指導は無いんですか?」
「私は昨日だったよ。この調子で勉強しつつ、出来れば帝大を目指して欲しいってさっ」
「へぇ、秀才なんですね」
 素直に吃驚した。賞賛が自然にこぼれ出た。本当にかなりの秀才だぞ、それは。
 今度是非教えを請いたいね。ハルヒ教官はスパルタ過ぎるからな。
「いやいや、それほどでも無いにょろよっ。あはははっ」
「いえいえ、本当に凄いですって」
「んもう、褒めたって何も出ないっさ!」
 某さいたまの幼稚園児の「いやぁ、それほどでもぉ」みたいに照れる鶴屋さん。
 ……なんて分りやすいんだ。
 このまま色々ヨイショすれば金貨の一枚でももらえそうな気もするが、時代劇の三下越後屋になる気は無いので止めておこう。
「……ん?」
 と、その時だった。
 不意に鶴屋さんの見事な長髪にゴミがはっついているのを発見したのは。
 緑がかったさらさらのストレートヘア。光を受けて輝かんばかりのそれに、場違いも良いことにちょこんと控えめにけれど我が物顔で居座っている恐らく埃の塊り。
 全く不届きなゴミである。あれだけ長いと手入れも大変だろうというのに。それが台無しだ。そんなワケで暴れん坊将軍の如く即刻成敗することにした。
「鶴屋さん、髪の毛にゴミついてますよ」
「えっ? どこっ、どこかなっ」
「あ、じっとしててください。俺がとりますから」
 俺の言葉に動きを停止する鶴屋さん。いや、そんなに固まらなくても良いんですけれども。
 などという下らない事を考えずに、さっさととってしまおう。
 椅子から立ち上がって、鶴屋さんの後ろに回りこんだ。
「はい。とれました。埃ですね」
 そっと手を伸ばし、つまむ。そのままゴミ箱へスローイン、というワケには行かないのでとりあえずポケットに入れた。後で放り出して捨てれば良いだろう。
「ん、ありがとね、キョン君」
 声に連動してふわりと揺れる長髪。
「どういたしまして」
 うーむ……近くで見れば見るほど見事だ。枝毛なんて一本も無いんじゃないだろうか。無いだろう。きっと。
 古の時代ではお金に困った女性は自分の髪の毛を売り物にしたと言うが、もし鶴屋さんの髪の毛を売ればビルが建ちそうな勢いである。
 勿論切るも売るも滅相もないし、そんな事は全力で阻止するが。
「奇麗な髪ですね」
「うん。ちょっとした自慢だにょろよっ」
「あの、ちょっと触ってもみても良いですかね」
 感動していたと思ってもらいたい。そんな俺らしくない台詞を吐いてしまったのは。
「良いよ良いよっ。減るもんじゃないしねっ」
「いえ、減るもんだと思いますけど……」
「はははっ! 細かいことは気にしないっさ! でも、優しくしてね……?」
 どこまで本気なんだろうか、この人は。
 とりあえず甘い声にどっきんばっくしつつも、俺は「それでは失礼をば」と髪の毛に触れた。
「……」
 指を少しもぐりこませ、掬う。が、さらさらと砂金のように何の抵抗もなく流れてしまった。
 ……凄い。見た目よりかなり滑らかだ。嘆息が出る勢いだね。
「さらさらだし、奇麗だし、なんていうか凄いですね」
「えへへっ、ありがと」
 感激すら覚えつつ、俺はあることを思い出した。
 それは何時だったか……そう、まだSOS団が出来て間もない頃だ。
 市民野球大会。それの助っ人に来てくれた時の鶴屋さんは、それはもう全盛期のロジャー・クレメンスの豪速ストレートの如きに見事なポニーテールだったなぁ、と。
 ハルヒがかつてない規模の閉鎖空間を作り出しそうになったとか他にも色々あった気がするが、思い出したくもないのでカットだ。
 とまぁ、良い具合にフレグランスなメモリーに浸ってしまったからだと弁解する。
 俺は鶴屋さんの髪の毛を手で束ねて、簡易ポニーテールを作成してしまっていた。
「キョン君? なーにしてるのっ?」
 貴方の見事なポニーテールが見たくて暴走しました。なんて言えない。
 いや、そう言った方がまだましだったかもしれない。俺の口はナンパなプレイボーイみたいな事を口走っていた。
「野球大会の時でしたかね」
「うん? あの時はホームラン連発で楽しかったよね!」
「あの時の貴方のポニーテールは、そりゃあもう反則的なまでに似合ってましたよ」
「……へ? ふえっ?」
「俺、実はポニーテール萌えなんです」
「あ、あぁ。そうなんだっ! し、知らなかったなぁ!?」
 真剣にそんな事を何故かどうしてわたわたと慌てている鶴屋さんの後頭部に真剣な声で囁いてしまった事を、俺はのちのち後悔することになる。
 それはもう後悔することになる。
 ばぁん! と蝶番に対する優しさの欠片もなく豪快に開け放たれた文芸部室の扉の向こう。

「……いらっしゃい、つ、る、や、さん?」
 
 ――終わりのHRまでは確かに何時ものだった髪型を、黄色のリボンでくくりポニーテールにしたハルヒが、額に青筋をぶったてて微笑んでいた。
 とりあえず言っておこう。似合ってるぞ、ハルヒ。
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by kyon-haru | 2006-11-21 06:01


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