クラスでの座席が前後ろになるのはまぁ仕方ないとしよう。
だがな。社会見学で隣の県の大学を訪問するバスの座席が隣同士になるってのは些かやりすぎなんじゃないか? 俺たちだけだぞ、男女ペアで座ってるのは。誰か文句を言え。俺の変わりに。くそ、何で皆微笑ましい顔をしているんだ。
「移動中ってのは暇の代名詞よね」
「……まぁな。お菓子も禁止、遊びも禁止だからな」
「トランプだとかそういう単純な物なら良いと思わない? まったく堅物教師ばっかりなんだから。ビラ配りした時と良い、忌々しいわ」
「トランプについては同意だ」
ハルヒは退屈退屈ツマンナイと愚痴と不満を繰り返している。
風景でも見たらどうだ? などという提案は睨みとともに却下された。
最近じゃ力は弱まっているらしいから、これくらいでは閉鎖空間は発生しないと思いたいが、このままだと俺に被害が及ぶ確立九割、無茶をしだす確立が九割。つまり十割を超えているので確実に何かやらかすのは間違いなさそうである。
あぁ、分かってるよ。何とかするともさ。このやろうが。
「ふわぁ」
――と景気よく行きたいのはやまやまなのだが、前日深夜まで映画の再放送を見ていた俺は眠気に勝つことが出来なかったのである。バタリアンは最高だぜ。
「ねぇ、キョン。……キョン? ちょっと聞いてる? って、」
ハルヒの声が遠のいて行く……。
すまん、ダメだわ。どうにか一人遊びで退屈を紛らわしてくれ。性的な意味でなく。
「ちょっと! 何勝手に寝てるのよ! ばかっ!」
……おやすみ、ハルヒ。こてん。
(・ω・`))))
……眼が覚めた。そんなに長い時間寝たわけではないのだが、良い具合にすっきりした。快眠だ。いやぁ気持良いね。
「んっ……」
傾いて何かやわらかい物にのっかていた頭を起こす。
座席で小さく伸びをする。体が固まってしまっている。こんな狭いところで寝らしょうがないか。
ふぅ。
さてさて、ハルヒはどうなったか。怒ってないか、と思って見てみれば、
「……」
はて? どうしてか頬を赤くして俺をジト眼で睨んでいた。
むぅーっ、と結ばれた唇。しかし、不機嫌かどうかと問われれば決して不機嫌には属さない、といった妙な表情をしている。
「……どうかしたのか、ハルヒ?」
「なんでもないわよ、別に」
「そうか? それなら良いんだが。……寝ちまって悪かったな」
「いいわよ、疲れてたんでしょ。暇だし、眠くなるのも仕方ないわ」
何だろう。この素直さというか物分りのよさというか普通な反応は。
しかもちょっと優しいし。いや、かなり優しいな。
良い感じに一人遊びで退屈を紛らわしてくれたのか? そうなんだろうな。
バスが止まる。バスガイドさんの声が車内にひびいた。お疲れさまでした、と。
「着いたみたいだな」
「そうね。……ちょっと、キョン」
「何だ? 先に言っておくが、抜け出して遊びに行こうとかは無しだからな」
「勝手に決めないでよ! ……そんなことより、帰りのバス、わたし寝るから」
「は?」
なんの宣言だ。
別に俺に断りをいれる必要があるのだろうか。
「だから、帰りはわたしが寝るって言ってんの! 分った!?」
「あ、あぁ。よく分らんが分った」
「……ねぇ。聞くけど、なにか夢見た? さっき」
話の繋がりも質問の意図も分らない。が、気にしてもしょうがないか。
「小さいとき、お袋にだっこしてもらってる夢だったかな」
「ふーん。で、感想は?」
「悪くなかった。夢って言うよりは記憶の蘇りみたいなもんだったけどな」
非常に安らいだ夢だった。
安眠快眠にふさわしい内容だった。しかしマザコンではないぞ、決して。
俺の言葉を聞いたハルヒは何故かしきりに何度も頷いていた。
……さっきからいったい何なんだろうね。
((((´・ω・)
で、帰りのバスだ。大学見学はずばり言って普通だった。
案の定ハルヒは終始不機嫌だったが、大学の中ってこんな風になってるんだ、と少しだけ楽しそうでもあった。対応と案内をしてくれた助教授の人の話はまったく聞いていなかったが。
そんなハルヒは宣言どおり直ぐに寝た。見事な寝っぷり――だと思ったのだが、不規則で不自然な呼吸から察するに狸寝入りである。
訳が分らない。なぜ狸寝入りなんかする必要がある。
……それと、なぜに、
「……ハルヒ。何やってんだ」
俺の肩に頭を乗せる必要があるのだろう?
俺の言葉を聞いたハルヒは、これは寝言なんだから、と前置きをして、
「枕はじっとしてないよ。……私もそうしてたんだから」
小さく、本当に小さく囁いた。
……あー。そうか。そうだったのか。
なるほどなるほど。うん。ようく分った。
俺もお前の肩に頭を――だったのか。何てことだ。
これは独り言だが、と俺は前置きをして、
「ありがとうな。ゆっくりしてくれ」
本当に小さく囁いて、ハルヒの髪の毛を撫でた。
こいつも良い夢が見れますように、と。
起こすときは何だとかいうハルヒの囁きだけは聞いてないことにするがね。
流石に無理だ、それは。
「……私はそうやって起こしてあげたのに」
……マジ?
慌てて唇をなでる俺をうっすらと開いた眼で見て、ハルヒはくすりと笑った。
「ばーか」
……それでからかわれたのだと悟る。
うがぁ。早く寝なさい、ったく。