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策謀小話

 もんもんとした夜を越えて翌日。
 今日も今日とて憎たらしい坂をえっさらほっさら登っていたら、昨日の再現が起こった。
「おはよう」
「……あ、あぁ、おはよう」
「……どうしたの?」
「いや、なんでもない」
 何かあったのは昨日の話だ。
 今日は歩いてきたのか、朝倉の息は大して乱れていない。
 朝陽を受けてシャララーンな……なんだそりゃ、いや、とにかく「爽やか」と辞書を引いたら「朝倉涼子のこと」と書いてもおかしくないくらいに、清純な様子である。
 ……この娘があんな大胆なことをしでかしたんだぞ!
 と言われて信じるやつが居るだろうか。俺とハルヒと……あと長門以外で。
 居ないだろう。間違いなく。それくらい清潔で爽やかだ。
 ちなみに朝倉が怪訝な顔をしたのは、あれである。
 昨日のことをフラッシュバックしてしまった俺が一瞬思考と動作を停止したからだ。無理もないだろう、何せ、感触までやたらリアルに覚えてしまっているんだから。何てアホかな男子高校生。
「後ろ姿がね、見えたから」
 これまた昨日と同じように、ひまわりのように微笑む朝倉。
 えーと、こういう時は、
「……そうか。あ、ありがとう。一緒に行こう」
 そう言いつつ歩調を緩める。……凄い。たった一日で驚くべき成長速度の俺。
 褒めて欲しいくらいだというのに、朝倉は悪戯好きの猫のようにくすりと笑い、
「そんなに一緒に、いきたいの?」
 ねぇ? と腕を絡ませて体を密着させてくる。
 ――まいりました。
 レベル2になったところで、レベル50を軽く超えてる踊り子さんが相手なら意味などない。
「ねぇってば」
「あー、その、なんだ……」
 例によって「あぁ」とか「うぅ」とか呻くことしかできず、そんな俺を見て朝倉はくすくす意地悪く笑う。
 凄く楽しそうだ。もしかしたら――いや、間違いなく攻める人なんだろう。
 羞恥にめまいを感じつつ、何とか答えを穿り出した。
「行きたい、のかな」
「ふーん。私と一緒にいきたいんだ」
「あぁ。行きたいです、」
 多分、と続けそうになって押しとめる。流石にそれくらい禁句だってことくらい分かるぞ。
 朝倉は俺の答えに満足したのか、途端はにかんでえへへと菫のように笑い、いっそうぎゅっと腕を絡ませる。
 やわっこいなぁ、あぁ、もう畜生――じゃなくて、ちょっと待て。
「こんなことしたら……その、皆に付き合っているのがバレちまうんじゃないか?」
 慌てて声を潜める。内緒にしておくものよ、と教えてくれたのは朝倉自身だというのにこれでは意味がない。
 事実、多種多様な視線に晒されてて肩身が狭いのだ、さっきから。
「昨日涼宮さんにあんなところ見られてるのよ。もう隠しても無駄だわ」
「いや、あいつは割りと口は固そうな気がするけどな……」
 ぺらぺら吹聴しまわる性格では無いだろう。恋愛なんて興味ないと言ってたし。
 それよりも気になるのは昨日の激怒である。結局なんでハルヒがあんなに憤慨したのかは分からなかった。精神病だとか何だとか唾をはく勢いでこき下ろしていたから、恋とかそういうもの自体が嫌いなのかと考えたが、いまいちしっくりこない。
 団活がおろそかになるから……? いや、その線も無いな。
 朝倉はどう思う? ――そう問おうとして気がついた。むぅ、とした顔で睨まれているということに。
「……朝倉?」
「涼宮さんの肩持つんだ……ふーん」
「――は?」
「私よりも涼宮さんの方が可愛いもんね……ねぇ」
 じとっとした視線。座った目。つりあがったりりしい眉毛。……機嫌悪そう。
 ――なんだこの展開は。
 これが俗に言う修羅場ってヤツなのか。別れる危機なのか。ただ単に拗ねてるだけなのか。それさえも分からん。分かるか!
 ……いや、落ち着け。とにかく落ち着こう。そうだ、ご機嫌をとればいいんだ。そうだとも。それくらいしか思いつかない。
「いや、お前の方が可愛い……と、俺は思ってるし、スタイルも、あー、負けてないし、性格は断然良いし、なんというか……」
 語彙出て来い。女性を褒める語彙出て来い。隠れてるなら早く出て来い。
「勝ち負けじゃないけどさ、朝倉の方がハルヒより良いんだ、絶対」
「……朝倉」
 ぼそりとした小さな呟き。
 はて。どういう意味だろうか。
「朝倉……?」
「朝倉かぁ」
「朝倉だろ?」
「……涼宮さんはハルヒで、私は朝倉かぁ。普通逆だと思うんだけどな」
 なるほど。言われれば至極ごもっとも。
 しかし、ハルヒをハルヒと呼ぶのは別に親愛を籠めているわけではなくて、単に呼びやすいからとか、苗字で呼ぶと他人行儀で気持ち悪いわね、とか怒られるからであってだな、それにお前のことを朝倉と呼ぶのだって――
「――涼子」
「ぐ」
 そう呼んで欲しい。呼べ。と、そういう雰囲気だ。表情だ。
 今までの不機嫌はどこへやら。雨の中捨てられたダンボールの中の子犬ような目でうるうると見上げてくる……
「りょ、りょうこ」
 朝倉改め、てないか、ともかく涼子。
「それでよしっ」
 敵わないと本気で思ったぞ、はぁ。
by kyon-haru | 2007-01-17 18:09


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