昨日の戦いはあんまりにもあんまりだった。
……あの人が体調不良で部活を休んだというだけで、特大の閉鎖空間発生だ。
彼女が彼に対して恋愛感情を抱いているのは良い。良いけれど、ここまでのめりこむとなると不味いのではないだろうか。
低下の一途を辿っていた閉鎖空間発生率が、最近は急増している。
疲れた体をベッドにぶちこんだのは、確か夜中の三時で――現在は七時前だ。
三時間と少ししか眠れていない。けれど、それでも学校を休むわけにはいかない。
彼女の監視も重要な任務の一つだからだ。それも自分のようにかなり近くに居る人間にとっては。
「――ふう」
顔を洗い、歯を磨く。適度に髪を整えて、簡単な朝食を取る。
そして――パジャマを脱ぎ捨てた。
現れたのは、歳相応にふくらみと丸みを帯びた胸。くびれたウエスト。ひょろりとした痩躯。
「……」
無言でさらしを巻いていく。最近、とてもきつくなってきた。
そろそろ限界かもしれない――僕を演じるのにも。
しかし、構いはしない。その時はまた、別の不思議な転校生が現れて、”僕”は二度目の転校をするだけだから。
「……」
鏡の中には、自分で言うのもなんだけれど、 ほっそりとした顎のラインの、なかなか可愛い顔があった。
薄い唇が魅力に欠けている気がして、どうしてか悲しい気分になる。
そんなことは考えるな――無理やりに自分を誤魔化して、なれた手順で特殊なメイクを施した。
「……」
そして、制服を着込む。男子用の、制服を着込む。
……股間のところに、少しだけ詰め物をいれる。ここまでしなくて良いと思う。
セミロングの髪をゆってまとめ、鬘をかぶる。夏場はムシムシしてたまらない。
咽に特注の咽ぼとけ型変声装置を装着する。アルトソプラノのオクターブがいくつか下がる。
「……」
鞄を手に持った。
最後に、25センチなんて、殆ど義足に近い冗談みたいなシークレットシューズを履く。
「……行って来ます」
行ってらっしゃい、という声はない。
「おはようございます。今日は――いえ、今日も良い天気ですね」
そうして今日も、わたしはぼくになる。