基本的に俺は善人である。反論させん。
だからして、信号の無い横断歩道を横断できずに困っているおばあさんを見かけたら、
「一緒に渡りますよ。おばあさん」
そんな風に優しく声をかけて一緒に渡ってあげるのは当たり前だ。
小学生のように片手をかかげ、おばあさんの荷物を片手にゆっくりと歩く。
「すいませんねぇ、ありがとう」
「いいんですよ。これくらい」
「ううん。ほんとうにありがとうね」
年のころは70台……いや、60台かもしれない。随分とかわいらしいおばあさんだった。
お礼に是非お茶でもどうですかとせがまれて、断れるはずがない。
おばあさんには何か用事があるんじゃないか?
と少し気がかりはあったものの、多分用事は終えての帰り道なんだろう、と勝手に納得。
「ここはあたしの二つ目の故郷みたいなところでねぇ」
「ということは、今は違う場所に住んでられるんですか?」
おばあさんはホットティーを、俺はアイスティーを飲みつつ談笑する。
「うん。そうだね。とっても遠いところだね……」
その遠いところがどこか聞いてはいけないような気がした。だから聞かなかった。
そんなおばあさんの、どこか寂しい表情だった。
――そうして気がつけば、俺はおばあさんと散歩をしていた。
たまにはこういうのも悪くない。むしろ気持ち良いくらいだ。と思う。
川沿いの桜並木を歩いて、公園へ。ゆっくりと歩いて、ベンチで休憩することにした。
「……何か飲みますか? 買ってきますよ」
「いいや。もう十分。……今日はほんとうにどうもありがとうね、キョンくん」
腰を浮かしたところで、そのまま固まる。
懐かしむような、尊い聖歌を歌うような声音だった。
「……どうして、俺の渾名を知って、」
いるんですか、と続けられなかった。いや、続けなかった。
その舌足らずな響き。それに俺は酷く心当たりがあったから。
「……」
腰を下ろす。心なしか鼓動が早くなっているような気がした。
おばあさんは、落ち着いて喋りだす。
「……最後に貴方に会えて、本当に良かった」
「さいご、って」
俺の問いには答えずに、
「あたしは頼りないただのお嬢ちゃんだけど、優しくしてくれて本当にありがとうね」
かわいらしいおばあさんは可愛らしく、天使のように微笑み、
「皆によろしくね。キョンくん、たくさんごめんね。たくさんありがとう――それと、」
朝比奈みくるは、貴方のことが好きでした
「……っ」
目を開けていられないほどの風が吹いた。
季節外れのつむじ風――それに紛れるように、
「……」
俺の隣から人の気配が消えていた。
それから辺りが暗くなるまで、俺はただ空を見上げ、ずっとベンチに座っていた。
「あの、朝比奈さん?」
「どうしたの、キョンくん」
翌週の、最初の部活の日。
俺は彼女が着替え終わるのを待って、退室してきたところで声をかけた。
「今度の休み、俺とデートしてくれませんか?」
はじまりと終わりのあの公園に、行きましょう。