「みくるちゃんはあんたに視姦されるためにメイド服着てるんじゃないって言ってるでしょうが!」
「そんなやましいことは絶対にしてない!」
そんな感じで今日も今日とて一方的な因縁をつけられた挙句ネクタイを引っ張られる。
なんつう膂力だ、なんて関心する俺じゃない。苦しいつうのいてえつうの。
だがしかしそう言って止めてくれるハルヒである筈がないので、
「いい加減にしろこのやろう!」
俺は反撃に出ることにした。
「きゃ、ちょ、ちょっと何すんのよ!」
「うるせえ。いつもいつも気軽にネクタイ引っ張りやがって。気道が閉まるってのはかなりつらいんだぞ」
引っ張れる力に反発するのではなく、むしろその力に身を任せることでハルヒに接近。
そして二の腕を外側から押さえ込むように背中に両腕を回して、逆に俺の方に引き寄せてやった。
ふふふ。これでネクタイを引っ張ることも殴ることもできはしまい。
現にハルヒは俺の腕の中で抵抗するでもなく、攻撃の手を封じ込められた事に羞恥して顔を赤くしている。
――そう思っていたのだが、
「がぶ!」
「いてぇ! 吸血鬼かお前!」
その赤い顔が首筋に近づいたやいなや、あろうことかコイツ首筋に噛み付きやがった。
さすがに血が出るほどの力強さはなかったが、こいつのことだ。何時頚動脈を噛み切るか分かったもんじゃない。
だから俺は再び反撃に出ることにした。
「こちょこちょこちょ」
「きゃっ! やっ、ばかっ、ちょ、くすぐった、いや、あは、あっ、あははっ!」
ハルヒの二の腕を拘束したまま己の前腕だけを動かし、手先をわき腹に持っていってすぐってやる。
俺の目論見どおりたまらずハルヒは首筋から口を離すことになり、俺の腕の中でもじもじあたふたしながらきゃっきゃっと馬鹿笑い。
……ほほう。どうやらくすぐったがりらしいぞ、こいつ。
「そーらこちょこちょこちょ」
というわけでだな、ここぞとばかりに思う存分くすぐりまくってやる俺だ。
ハルヒは「あはっ、やめっ、ないと、しけい、なはっ、あははっ」などと嫌々ってな感じに頭を揺らし、眦に涙を貯めて苦しんでいる。
そんな姿に「いい気味だ」と思ってしまった所為だろう。
気がつけばどうやら俺はやりすぎてしまっていたらしく、
「……ハルヒ?」
「――」
競歩の大会の最中に誘導ミスされた陸上選手のように息も絶え絶えな状態から返事があるはずもなく、ハルヒは上気した顔で口をだらしなく開き、ふぅふぅ湿った息を荒いリズムで吐いている。
笑い死んだ人間が居るかどうか俺の知るところではないが、もしそういう因果で死にいたる人が居るならば目の前のハルヒはそれの一歩手前といった様子だ。
さて、どうするか。こいつが元気を取り戻して復讐に来る前に逃げ出すかいっそのことトドメを刺してしまおうか。そんな馬鹿なことを真面目に考えていた所為だと思いたい。
眦の涙を少しばかり溢れさせたとろんとした瞳が力なく俺に焦点をあわせたや否や、
「かぷ」
「ひゃう」
再び首筋に噛み付かれて、いや甘噛みされて、そんななっさけない妙な声をあげてしまったのは。
「かぷー」
「うおっほん」
わざとらしい咳払いを一つ。気を取り直す。
こんな状態でも反撃に打って出るハルヒの根性に驚きつつも、頭部の重量以外の力が加わっていないそれは痛いどころかもごもご吐き出される吐息が熱くてくすぐったくて。
けれど目をやれば茫洋としているくせに「かぷかぷー」と必死な表情のハルヒ。
……あぁ、分かっているともさ。
負けた、負けたよ色んな意味で。降参降参降参です。
腕を緩めてその気力と気合を褒め称えるように背中をぽんぽんとしてやりながら、
「俺の負けだよハルヒ。こーさんだ。だからほれ、ばっちいから口はなせって」
「うぅぅ……ばかー……あほー」
だがハルヒはもう噛み付きで全体力を使い果たしたらしく、ぐったりと俺に体を預けて高熱を患った病人のような口調という有様だ。
まったくほんとにやれやれ、だ。
どうしたもんか、これ。
心中で苦笑しつつやりすぎたことに謝罪している俺に、今まで俺たち二人のやりとりをずーっと眺めていた三人からやぶから棒に声がかけられた。
「別の宇宙でやって」
「別の時間でやってください」
「別の空間でやってくださいませんか?」
……えーと、なんで皆さんそんな般若みたいな顔してるんですか?