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げこすぺ1

 休日の話だ。特別予定用事があるわけでもなく姉ちゃんと伊賀甲賀忍者ごっこをして遊んでいると携帯が鳴った。甲賀役の姉ちゃん忍者に捕らえられた伊賀の俺忍者は拷問されている最中だったのでこりゃありがたいと来たもんだ。忍法お色気の術ー! という「う、うん……」としか言えないような事をやりだした姉ちゃんをスルーして、相手も確かめもせずにワンコールで出る。
「もしもし、誰だ?」
 当たり前すぎる話だが携帯はかかってきた相手が出る前に分かる仕組みになっており、俺の台詞が予想外だったのか電話をかけてきた相手は若干声に驚きを含ませて、
「あ、あと、えと、朝比奈と申します」
 何故かやけに改まった挨拶を繰り出した。
 かちこん、いう音が頭の奥で。俺のコントスイッチオンである。
「あぁ、朝比奈さんですか。何時もお世話になっております」
「い、いえこちらこそお世話になってばかりで……あのう、キョンくんの携帯ですよね?」
「はい。私がキョンです。朝比奈さん、この度はどういったご用件でしょうか?」
「わ、わわ、あのね、お姉ちゃんが録画できるDVD買って来いって……だから、その、一緒に行って欲しくて、わわ、行って頂きたいしょじょぐえっ」
 無理に丁寧語を遣おうとして舌を噛んだらしい。
 ふみぅーという情けないうめきを右耳で受け止めつつ、俺の方もコントは終わりと何時もの口調に戻り、
「駅向こうの家電店だな。別に用事もないし良いぜ」
「あひはほほ……」
 んじゃ五分後に家の前でな、と言い残し電話終了である。
 お色気の術の真相を知ることが出来ないのはちと残念だが、みちるさんのお使いならば断るワケにもいかないしな。キャミソールの肩紐を外しだしていた姉ちゃんに軽いチョップを食らわし、みくると出かけてくると告げて自室へ。
「……んー」
 服は着替えなくても良いか。柄シャツの上にパーカーで下はジーンズ。持って行くもんは携帯と財布くらいだな。あー、ハンカチくらいは持っておいても良いかな。便所に行く機会くらいあるだろう。
 さて出発……しようとして、思いとどまる。
「みくるがこけるかもしれないからバンソウコウも持っていくか」
 出来るならこいつが役立つ事態にならないのが望ましいが、人一倍のんびりアンドどんくちゃいみくるだ。持っておいて損は無いだろう。
 さて今度こそ出発だ。 
「つーわけで出かけてくる」
「いってらっしゃーい!」
 早く帰ってきてねあなた、と新妻ごっこでぶんぶん手を振る姉ちゃんを心配しつつ玄関を開けると既にみくるがすたんばっていた。ワンピースの上にカーディガンを羽織って肩からちっこい鞄をかけている。本人曰くお気に入りの格好。
「よう」
「おはようキョンくん。ありがとね」
 軽く挨拶を交わしながら台一倍頑張っているチャリンコを引っ張りだす。タイヤのエアテンションやチェーンの具合を一々チェックしてしまうのは別に俺が細かい性格をしているからではなくて、一応は後ろに人を乗せて走る責任感からだ。
 うし。どっちも問題なし。ライトは知らないが流石に使う前に帰ってくるだろう。
「おっしゃ、乗れ」
「お願いします」
 ぺこん、と頭を下げたみくるがちょこん、と荷台に乗る。律儀なヤツめと笑うと、だってごにょごにょ……と小さな声でこりゃ今日も安全運転しねえとな、と決意させるようなことを言う。みくるが何を言ったかは内密にさせてもらおう。幼馴染の特権だ。
 タクシーやバスの運ちゃん果ては航空機のパイロットさんはさぞかし毎度大変なんだろうな、と
特殊な免許を持つ人々に尊敬の念を送りながら、
「補導されないように祈りながら出発だ」
「う、うん!」
 市民の平和を守る人々に出会いませんようにと不埒な願いを込めて、ペダルを漕ぎ出した。相変わらず胴にぎゅっとまわされる腕に慣れることの出来ない恥ずかしさを感じながら。

 ………………
 …………
 ……

「ねぇキョンくん、このプラスとマイナスって何が違うのかなぁ。あーるだぶりゅーとかあーるえーえむとか色々あるけど、どれ買えばいいんだろう……」
「みちるさんは具体的にDVDを何に使うって?」
「えと、特番を機械じゃなくてDVDのディスクに録画したいんだって」
 テレビに接続して使うHDDプラスDVDレコーダー用のやつか。
 ふうむ、それなら……と頷きつつ頭をひねりつつも種類くらい聞いとけやと呆れると、
「聞いたんだけどよく分からなくって……」
 みくるは眉毛をたれ下げてしょぼーんとする。
 しかも指をもじもじと絡めて自分の機械オンチを恥じるように俯いてしまって、そんな仕草をされると慌ててしまうのが男ってもんでだな、
「た、確かに色々種類あって分かりにくいよな! 俺だって最初はよく分からんかったぞ。……そうだな、テレビを録画するんだったらこいつで十分だな」
 ほらほら、とみくるの手にお徳用のDVD-Rを持たせてやる。二十枚組みで漱石一枚弱というコストパフォーマンスだ。品質に若干難ありなような気もするが、みちるさんだってその特番を後世に伝えるというアホな義務を背負ってるワケじゃないし。
「ほら、上面が白いだろ? ここに絵だって書けるぞ」
 自分でも何言ってるか良く分からない。誰かハンマーを持ってたらこめかみあたりに叩き込んでくれないか。絵って何だ絵って……。
 しかしそんな励まし慰めを真に受けたのか、みくるはあからさまに無理矢理に作っている笑顔を上目で見上げると、気を取り直したように「えへへ」と微笑み、
「……ありがと。キョンくんは物知りさんだね」
 何時も頼りになるなぁ、うふふ、だなんてこそばくて蕁麻疹が出るようなことを言い、俺にそっぽを向かせるのだった。
 何でお隣の家族連れのだんなさんとおくさんは俺たちを見て笑っているんだろうと疑問を持ちながら頭をかいて、そういう台詞は学者さんにでも言え、と答える。店内に設置された鏡に映る俺の頬は緩んでかつ、ちょっぴり赤くなっていやがった。ええい、DVD一つでまったくもう。

 ………………
 …………
 ……

 キャッシャーで精算を済ませる。チャリでえっちらほっちら数十分。DVD一つ買うだけで帰るのは勿体無いなと感じ、ついでだからと家具コーナーを冷やかすことにした。
 家電量販店なのにフロア一つが家具で埋め尽くされていることに首を傾げいてのは初来店時のみで、今では多角経営も商売方針の一つだとかこういうところがこのチェーンが関西オンリーにとどまっている原因なんだなと勝手に納得している。
 陳列されているのが商品だということを理解できない年齢の子供がソファやらベッドやらではしゃいでいるのを羨ましそうに見つめるみくるの姿に、姉ちゃんなら思いっきり子供と同じことしてただろうな、と溜息を吐いていると、
「いつもにっこりほほえんでーやってみますのみ○りですー」
「……」
 このチェーン店のマスコットキャラが歌う暢気な歌が店内に盛大に響いた。
 ……どうして居た堪れない気分になるのだろうか。
 分からん。分かりたくない。そんなことより家具だ。家具を見るんだ俺は。……そうだな、将来俺も自分が主の家を建てた暁にはリビングにはこのソファーを置いて、テーブルはそいつで、ちょいとばかし控えめに37インチの液晶テレビにB級アクション映画を流し、片手には酒が入ったグラスを、もう片手は隣に座る奥さんの肩にまわして心休まるひと時を――
「ぬおお!」
 手近にあったソファーに頭をがんがんぶつける。
 俺は今自分の奥さんに誰を想像した。誰を! ええい、我ながら阿呆な脳細胞め! 死滅しろ死滅しやがれ! くそ、どうやったら脳裏にこびり付いた映像が消えるんだ!
「きょ、キョンくん……商品にそんなことしたら駄目だよう」
「……」
 そんなアホな事をしていた所為だとしか思えない。まさかみくるにそんな注意をされてしまうとはな……へへ、今気がついたがこのソファーちょうど良いサイズじゃないか。まさに想像どおり。一人なら横にもなれるし、二人で並んで座るには少しスペースが余るぐらい。
 決めた。子供なら許される。まだ子供だ、俺も。子供だからこんなことしても良いんだ。
「ふかふかだぜ!」
 どっかと腰掛ける。家にある安もんとは段違いの柔らかさと弾力。高そうだな……と今更理性が働きだすがもう遅い。
「もぅ……」
 やれやれ、と誰かの真似をして恥ずかしそうにしているみくるにちょいちょいと手招きをする。隣に座って晩酌したまえと目で告げると、
「え、えぇ? お酒? 何言ってるの? そ、それに座ったら怒られちゃう」
 当たり前だが拒否しやがった。
 ほう、帰りは歩いていくというのかね。
「もーおー、ずるいよぅ」
 やけくそ気味に赤い顔で、それでも控えめに腰掛けるみくる。その肩におもむろに手をまわし、ひゃうっ、と驚いて体を震わせているのを敢えてスルーし、ここぞとばかりに呟いてみた。
「やっぱり家族全員で座れるくらいのでかさが良いな」
 うむ。一戸建てなんだからそっちのほうがしっくりくる。
 安いが家族四人とシャミセンが座れるソファーを買った親父の心境に少しだけ近づいて、目をぐるぐる回して「ひゃう、あう、わう」とラリホーマくらったみたいな様子のみくるの肩から手を離し、立ち上がる。
「んじゃそろそろ帰るか」
「ふみー」
 当然だがみくるから意味のある返事はなかった。うーむ。想像じゃうっとりとして俺にしなだれかかってきてたんだけどな。誰がとは断固として言わないが。

 ………………
 …………
 …… 

「しっかり歩けよ」
「うぅ……ううぅ……」
 数分ソファーでらりほーしていたみくるを引きずって歩く。
 悪い男だの結婚詐欺師になれるのだの酷い言葉を吐いているが、そんなふてえ野郎どこに居るというんだ。なんなら俺が変わりにばしっと言ってやってもいい。
「……」
 何故じと目なんぞしているのだろう。そんなに熱い視線を送られてもちょっと恥ずかしいだけで何にも出ないぞ。しかし……そうだな、俺の未来予想図に付き合って貰ったんだし、
「みくる」
「……何?」
 おう珍しい。みくるが不機嫌声を出している。
 それならなお更都合が良いな。ご機嫌を直す意味も含めてこいつをお前に買ってやろう。
 家具フロアになぜぬいぐるみまで置いてあるのかはもう考えても仕方が無いので忘却の彼方にふっとばし、デフォルメされたかえるさんをみくるの手に無造作に持たせてやる。
 みくるは「ふぇ? え?」とかえると俺に視線を交互させたが、全体から発せられる俺にはいまいち理解できない愛くるしさにノックアウトされたのか綿製両生類に傾注し、
「かわいい……」
 ナンパな野郎だったら「それは君のことだよ」とか言って、台詞のあんまりもの臭さに風の精霊が悶絶しそうな笑顔を浮かべた。何を言っているのか諸君らには理解できないだろうが、要するに俺が思わず顔面に血液を集中せざるを得ない表情をみくるは浮かべたのだ。ぎっぷりゃ!
 みくるはぎゅーっと潰す勢いでかえるを抱きしめ、数回頬を擦り付けると、
「ほんとに買ってくれるの?」
「お前がどうしても要らないかえるなんか気持ち悪いって言わない限りな」
「ど、どうしても要るっ。きもちいい! かえるさんきもちいいよ!」
 台詞だけ聞いたらとんでもない誤解を受けそうな事を多分天然で必死な様子で騒ぐ。
 普段のこいつなら「良いよ。悪いよ」「そんな、貰えないよう」とか言い出すんだが、俺の知りうる以上にかえるに愛を注いでいたらしい。
「ほんっとかえる好きだな。両生類だったら何でもいいのか?」
「うーん……へびとかはやっぱり気持ちわるいかな」
「ですよねー」
「かえるさんだけ特別なの。ふふ」
 ここまで愛されたならかえるも本望だろう。全かえるに変わり俺が礼を言っておこう。
 ゲコゲーコ。かえる語でサンクスの意味。
「んじゃ、それ買って今度こそ帰るぞ……あ、洒落じゃねえぞ?」
「ふふ、キョンくんもかわいいっ」
 だぁーっ! 
by kyon-haru | 2006-06-23 01:50


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